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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第37話

 たまかのターゲットは、ナナだった。『レッド』は二人に対して、『ラビット』は一人。どうにかするならば、少数の方をどうにかした方が話が早い。

 たまかは身体の向きをぐりんと変え、ナナへと迫った。彼女は両手でチェーンソーを持っているため、抵抗することが出来ない。チェーンソーの刃を向ければ、目の前のたまかを傷つけてしまうため、それも出来ない。ナナはぽかんと自分へと迫るたまかを見上げていた。

 たまかはナナの細い腕を掴んだ。アルコール綿をその肘窩部分へと二三度円を描くように擦り付けると、横へと放り投げた。ゆっくりと落ちていく綿が床につくよりも先に注射器へと持ち変え、その針をナナの静脈へと刺した。素早く、正確な穿刺だった。たまかは治療技術がずば抜けているわけでは決してないが、今まで数え切れない程三組織の少女達の治療を担ってきた経験と、予断を許さない状況下が後押しをしたのだった。最悪、少し位置が悪くても早さを優先させるべきだ。そのような考えの通りに、たまかは慎重さを捨てる勢いで素早く行動に移したのだった。

 針はナナの血管へと突き刺さった。注射器の中から抜けていく液体の正体は、麻酔薬である。そんなことを知る由もないナナは困惑した顔付きで、自身に刺さった針を見下ろしていた。

「え、何……。あんまり痛くはなかったけど、これ、注射……」

 彼女は最後まで言い終わることはなかった。全身から力が抜け、その場に崩れ落ちたためだった。『レッド』の二人は、少し距離をとってそれを茫然として見つめていた。床に投げ出されたチェーンソーが、がつんと大きな音を立てた。愉快な曲を遮る程の巨大な音だった。その衝撃のためか、刃の回転が止まった。

 ナナはその瞼を閉じていた。まるでドールのように崩れる身体を、たまかは空いた片腕で軽く支えた。彼女は微動だにしなかった。ナナの様子を少し観察したあと、そっと床に寝かせた。そして注射部位の後処理を手早く終える。

「ふう」

 たまかはそう息を漏らすと、額を腕で拭った。一仕事終えた、というようなたまかに、アカリがおずおずと声をかけた。

「あの、たまかさん。今のは、一体……」

 たまかはアカリを振り返り、口元に弧を描いた。

「ナナさんは今、眠っております。どうか、その銃を下ろして頂けないでしょうか」

「眠っている、ですか?」

 アカリとサクラは、言われるがままに床でレースとフリルをまき散らすドールを見下ろした。二人には困惑が滲んでいた。

「はい。医療用の麻酔薬を打たせて頂きました。大腸カメラとか胃カメラの時とかに使うものなので、害はありません。『ラビット』のナナさんはしばらく目を覚ましませんので、お二人も矛先を収めてくれませんか?」

 たまかは二人に向き直った。笑みを浮かべながらも、その瞳には明確な意思が宿っていた。

「貴方方が傷つくところも、殺すところも、殺されるところも、見たくはないのです。ここはどうか、このまま穏便に撤退して頂けませんか。お願いします」

 沈黙が流れた。二人はたまかを見、再度その足元に寝転ぶナナを見、そして、お互いに顔を見合わせた。二人はたまかへと顔を戻すと、アカリが「麻酔薬を」、と唖然としたまま小さく呟いた。二人は目を瞬かせたあと、同じタイミングで、静かに銃身を仕舞った。

「……攻撃相手が沈静化している、かつ今回護衛のターゲットであるたまかさんがそう仰るならば、そうですね。撤退が吉でしょう」

 アカリはそう言うと、笑みを浮かべた。彼女らしい、優し気な笑みだった。たまかには、彼女の顔に嬉しさが滲んでいるように感じた。対してサクラは何か思う所があるようで、苦い顔をしながら口を開いた。

「『麻酔薬を打たせて頂きました』、じゃ、ないんですが……。貴女は三組織に属さない身のはずなのに、どうして戦いの中に自ら入っていって注射なんて打つことが出来るんですか? ……まあ、いいでしょう。結果として、これがベストな選択だったのかもしれませんね」

 咳払いを一つ挟む。同時に、言いたいいろいろなことを飲み込んだらしかった。それからサクラは真面目な顔つきを戻し、たまかに対して「怪我はないですか」と尋ねた。ナナへ向けた銃弾や、ナナのチェーンソーの刃で傷が出来ていないかと心配しているらしかった。

「大丈夫です。お二人とも、ありがとうございます」

 たまかは満足気に頷いた。死人や怪我人を出すことなく、この場の争いは幕引きを迎えた。その事に、ほっと胸を撫で下ろした。

 誰かの、特に今回は自分の見知っている人物の、傷ついている姿を見ずに済んだ。それだけで、たまかの心は満たされた。

「他の『ラビット』の子が来ないうちに、帰りましょうか。そうだ、『レッド』に帰ったら、ケーキを食べましょう? いちごとホイップたっぷりのやつ」

 アカリは空いた手を頬へとあて、のほほんとそう言った。その横に立ったサクラは、窘めるように目を細めた。

「まだ『ラビット』の領地内です。帰ってからのことは帰ってから考えましょう。まだ油断してはいけません」

「そうだったわね」

 アカリはふふ、と笑いを零しながらのんびりと返事をした。そして、たまかへと笑みを向けた。真面目な顔のままのサクラも、それに従った。

「ではたまかさん、行きましょうか」

「『ラビット』のアジトを脱出し、安全な場所までお送りします。他の組織の目がないことを確認した後、朱宮さまへの言付けをお預かりして、解散しましょう。必要でしたらお家まで付き添いますが、いかがしますか?」

 サクラは重い瞼を緩慢に瞬かせたあと、黒髪のおかっぱ頭を小さく揺らした。たまかは首を振った。

「いえ、安全な場所まで送って頂ければ充分です。ありがとうございます」

 サクラとアカリはたまかの返事に頷き、『ラビット』の領地を後にするために走り出した。たまかもその後を追おうとして、一度、床に寝ているナナを見下ろした。彼女は意識がない状態だが、傷は一つもついていなかった。瞼を閉じ、口を小さく開けている。まるで、穏やかな寝顔のようだった。ここは『ラビット』の領地である、直に仲間が彼女を見つけて保護するだろう。たまかは『レッド』の二人へと顔を戻し、純白のリボンのつく靴で地面を蹴り上げた。ふんわりとしたオーロラのような生地が二つ、たまかの道標となってその紅をはためかせていた。




***




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