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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第35話

「え……写真、ですか?」

「うん。趣味なんだよね、人と写真撮るの」

 姫月の言い分からして、どうやらスマホで写真が撮れるらしい。たまかは曖昧な表情のまま頷いた。

 姫月はたまかの横へ並ぶと、スマホを頭上に掲げた。そこには、たまかの顔と姫月の顔、二つのあどけない顔が映し出されていた。桃と紫の混じった横の白髪と、薄桃色の内巻きのショートカットヘアーの先が混ざる。ふわりと、甘い香りが鼻をくすぐった。

「カメラは上の黒い丸ね。じゃ、いくよー」

 姫月の合図の後、カシャ、と音が響いた。画面には、少し緊張気味の笑みを貼り付けるたまかと、ウインクを華麗に決める姫月が映っていた。

「自撮り棒、この部屋にも置いておけば良かったなー。でもまさか、今を時めくあんたとツーショットが撮れるなんてね! 保存保存、っと」

「……自撮り棒ってなんですか?」

「骨董品みたいなもんよ」

 ほくほくと嬉しそうにスマホを操作する姫月の横で、たまかは苦笑いを浮かべた。

(今を時めく、って……まさか私が『ラビット』のリーダーを差し置いて、さらに当人にそれを言われる日が来るなんて)

 タイムスリップして過去に戻って自分に教えたとしても、百パーセント信じて貰えないだろう。それほど、現実が現実離れしていた。

 無事に保存出来たら̪しく、姫月はスマホをスカートへと仕舞った。

「最高の一枚になったよ」

「それは良かったで——」

 嬉しそうな姫月に意の伴わない返事をしかけたたまかは、その言葉を最後まで言えなかった。爆音で、部屋中に楽し気な曲が流れ始めたためだった。アップテンポで、踊るようなメロディが耳を劈く。賑やかな曲は、まるで夕方に街中で響くチャイムのように突然なり始め、終わることがなかった。

「な、なんですか?」

 パーティでも始まったのかと狼狽えるたまかの横で、姫月はのんびりと答えた。

「あー。良かったね。お迎えが来てくれたみたいだ」

「お、お迎え?」

「曲が流れているでしょ? これ、サイレンね。緊急時の。たぶん『レッド』が乗り込んできたんだと思うよ。あんたを連れ戻すために」

 血も涙もないと思ってたけど、ちゃんとお迎えが来てくれて良かったじゃん。そうしみじみと言って暢気に笑う姫月に、たまかは引きつった笑いを浮かべた。

「なんで緊急時のサイレンがこんなに楽し気なんですか?」

「その方が気分が上がるじゃん」

(そうでした。『ラビット』は、話が通じないんでした)

 今更なことを思い出し、たまかは蹌踉めいた。そうしている間も、爆音で楽し気な曲はじゃかじゃかと耳を支配していた。思わず併せてステップを踏みたくなるような曲に負けじと、たまかは声を張り上げた。

「じゃあ私、帰ります」

「うん。気を付けてね」

 姫月はにっこりと微笑み、黒のレースに包まれた片手を振った。爆音のサイレンに微塵も気を取られていない、優雅な仕草だった。たまかは乾いた笑いを隠すようにぺこりと一礼した。何はともあれ、無事に『ラビット』を去る事が出来そうなのは、目の前の長のお陰である。その感謝の印だった。

 姫月のいる部屋を足早に後にし、扉を閉める。廊下にも、変わらず爆音で楽し気な曲が響いていた。サイレンの代わりというのだから、恐らく『ラビット』の建物中で鳴り響いているのだろう。

 周りは無人だった。『ラビット』のフリルとレースとリボン塗れの白黒の制服も、『レッド』の優雅でふんわりとした透き通るような紅と桃と白の制服も、その姿は目に映らなかった。大きな音の曲のせいで、人の声や靴音もわからない。たまかはとりあえずきょろきょろと辺りを見渡したあと、適当な方向へ歩いて行った。

 二回程角を曲がり、オフホワイトの壁と木製のタイルの床にも見慣れてきた頃、ばったりと人に出会った。フリルとリボン、広がったレースに彩られているスカートが揺れ、ヘッドドレスの装飾とレモン色の長い髪が遅れて大きくその身を動かした。

「あ」

「あ」

 目の前の少女は、驚きに見開いていた目をキラキラと輝かせた。ぱあ、と笑顔が咲く。

「たまかちゃんだ!」

 嬉しそうに言うナナの手には、チェーンソーが握られていた。愉快な曲で音は掻き消されているが、その振動からしてエンジンが掛かっているようだった。

「……ナナさん」

「さっきぶりー! 良かった、ノアと二人きりになって無事だったんだね? キャプテンとは会えた?」

 まるで旧友と再会したように、にこにこと質問攻めにする。リーダー同様、彼女も爆音で鳴り響く楽し気なサイレンを微塵も意に介していないようだった。

「お陰さまで……」

「良かった! いやー、いつも『キャプテン』とか『キツキちゃん』って呼んでいるから、『サクラウさん』って言われても全然ピンと来なくてさ」

 たはは、と決まり悪そうに笑うナナの手には、相変わらず大きく振動する巨大な機械が収まっている。レモン色の髪が巻き込まれないかと、たまかはその刃をちらちらと確認した。

「それはいいんですけど……。ノアさんは?」

「ノア? わかんないけど、たぶん侵入者を見つけるために駆けまわってるんじゃないかな? あ、侵入者ってなんだって思ってる? この素敵な音楽はねー、実はサイレンなんだよ! いいでしょー。『ラビット』に入りたくなっちゃった? なっちゃったよね?」

「いいですね、その、緊張感を忘れさせる感じで……」

 たまかは目を逸らした。ナナは嬉しそうににこにことしていた。

「ナナも侵入者を探していたの! 『ラビット』の聖域に不法侵入するような輩は、磔で火あぶりの刑だよ~」

 ハイテンションにそう言って、チェーンソーを掲げる。彼女のレモン色の髪の端っこが巻き込まれ、一瞬にして短くなった。

 彼女が言うからには冗談などではなく、捕まったが最後、本当に火あぶりにされるのだろう。無邪気に言ってはいるが、『ラビット』の面々はいつだって本気なのだ。

 僅かに警戒の色が滲んだのを読み取ったのか、ナナは一転して穏やかに首を振った。

「……大丈夫だよ。たまかちゃんは、ナナ達が守るからね」

「え?」

「だから、火あぶりにした後、蘇生の力を使ってくれたら嬉しいな~……って? ね?」

 彼女は舌を出して、てへへ、と可愛くおねだりをした。

「友達になるためですか?」

「え、『レッド』の奴らだよ? 友達になるなんて無理無理。もう一回火あぶりにするためだよ」

「も、もう一回火あぶりに……」

 当然の如く、けろりと言われた。例え蘇生の力が使えたとしても、絶対に『ラビット』のために行使してはいけない。たまかはそう思いながら、ごくりと唾を呑み込んだ。

 そのタイミングで、視界の端にふんわりと透き通った生地が映りこんだ。たまかがそちらへと顔を向けると、見知った人物が二人、姿を現した。ここ『ラビット』の地にそぐわない、全体的にふんわりとした生地、足首まである長いスカート。縁取られ丸みを帯びた半袖、スタンドカラーの襟元、小さい花々の中から細長い装飾が垂れる髪飾り。二つの『レッド』の制服は、辺りの装飾にそぐわず、なんだか異彩を放っていた。

「たまかさん! 御無事で!」

 桃色の長い髪を揺らし、アカリが叫んだ。その横の背丈の低い黒髪のおかっぱ、サクラもその重い瞼越しに若干の安堵の色を滲ませていた。

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