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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第33話

「へえ? つまり『林檎さん』が言うには、『ラビット』にあんたの『蘇生』の話がどうやって舞い込んできたか知りたい、ってわけ?」

 乙女の夢が詰まったような部屋を後にしてやってきた次の部屋は、先程に比べると簡素なものだった。いかにも応接室という感じの無機質な部屋だ。中央にはソファとテーブルが鎮座していて、姫月とたまかは対面となって座っていた。この部屋の家具にはフリルやレースは全くなく、数字の囲う壁掛け時計、事務机、規則的に木目の並ぶ床、オフホワイトの無地の壁、灰色のふかふかのソファ、そして二人の間に挟まる、部屋を反射する黒い机。模様も最小限で、実用さが目立つものばかりだった。意外と姫月の趣味がこのようなものなのかもしれない、とたまかは部屋を眺めてぼんやりと思った。

 姫月は苦笑を零した。呆れが滲んでいたが、しかしたまかにはなんだか愉快そうにも見えた、気がした。

「はい、そうです。一連の出来事について、サクラウさんがどのようにお考えなのかも知りたい、と仰っていました」

 姫月はフリルから伸びた脚を組み、そこに肘をたてて顔を預けた。二つに結ばれた桃と紫の混じる白の先が、ソファの手摺り部分を飛び越え床に向かって垂れて揺れていた。

「あの策士がうちの考えなんか訊いて、一体どうするのやら」

 空いた黒のレースの手で長い髪をくるくると弄りながら、姫月は意地を張った子供のように呟いた。その対面で、たまかは僅かに身を乗り出した。

「……あの。一応訊いておきたいんですが、林檎さんが接触を求めるということは、貴方はやはり……」

「ん? ああ、たぶんあんたが思ってる通りだよ。うちが『ラビット』のリーダー、一応ね。というか、知らなかったの?」

 たまかはう、と苦い顔をした。

「その辺り、林檎さんは説明してくれなかったもので」

「あんたが『ラビット』の手に渡ったってきいたときはびっくりしたけど、朱宮の思惑が入っていたんだね。まあ、そうだよね」

 腑に落ちた、というような表情で、彼女は髪の毛を弄っていた指を止めた。いよいよ、本題に入るようだった。

「さてと、『林檎さん』が訊きたいっていう『蘇生』の情報源だけど……財団だよ。あんたを欲しがってる先。見つけて欲しい相手の情報を渡すのは、自然だと思うけど」

 姫月はそう言って、結ばれた長い髪をレースの手で払った。さらさらの髪が、ソファの外へ零れ落ちていった。

「財団、ですか。確かにおかしいところはないように思いますね」

(むしろ、林檎さんはどこから『蘇生』の話を耳にしたのでしょうか。わざわざ『ラビット』を探るということは、財団からきいたわけではないんですかね……?)

 顎へ手をあて、たまかは悩まし気に俯いた。姫月は「そうだよね」と同意し、からからと笑った。

「でも、これだけじゃあ『ラビット』にせっかく来てくれたあんたが憐れだね。……ううんと、蘇生の力が必要になってる理由は、知ってる?」

「蘇生が必要になっている、理由?」

「財団の奴らが死に物狂いで蘇生を求めているのは何故かって話だよ。なんでも、財団が取引をしている相手の娘さんが死んじゃったらしくて、その娘を生き返らせたいという話があるとか、ないとか」

「つまり、元を辿れば財団自体が蘇生の能力を欲しがっているわけではなく、さらにその上に蘇生を求めている人がいるというわけですか?」

「そうなるね」

 ……初めて聞いた情報だ。これまで、財団の情報はなかなか入ってくることがなかった。『ラビット』に足を運んだ甲斐があったと言えるような、貴重な情報だろう。

「ちなみに、林檎さんが欲しがっていたもう一つの答えは聞かせて頂けるんでしょうか」

「うちがどう思ってるかってやつ?」

「はい」

 たまかが神妙な顔で頷くと、姫月はんー、と唸って瞼を少し伏せた。

「そんなこときいて、別に何にもならないと思うけど。まあ、訊きたいって言うんなら話すよ」

 姫月はそう言うと、組んでいた足を解いた。ふんわりと広がるレースとフリルのスカートが大きく揺れた。少し目つきを変え、口を開く。

「まあ……可笑しいよね。財団が突然金を巻き上げると言い始めたことと言い、あまりにもタイミングが良すぎると思う」

「金を巻き上げる、ですか?」

「そうそう。信用取引で財団に借金していた分のお金、払えって……あれ、この辺って言っていいんだったかな」

「株が大暴落して、三組に借金があるって話ですよね? 林檎さんからお伺いしています」

「あー、ならまあいいか。どうにも、財団があんたにご執心過ぎるのが気になるんだよね」

 姫月はぽりぽりと頭を掻いた。ミニハットが合わせて僅かに揺れていた。

「タイミングが良すぎるというのは、林檎さんも危惧していました。お金が必要になったところに、私という賞金首が現れたのはおかしい、と」

「……なんだ。じゃあ、うちに意見を訊く必要は……」

 そこで、姫月は不意に言葉を飲み込んだ。変な間に、たまかは不審に思いながらも、次の言葉を待った。彼女は、まるで何かに思い当たったようだった。

「……ああ……そゆこと。それが訊きたかったのか」

 姫月は一人納得し、苦虫を噛み潰したような顔をした。姫月の思考が読めないたまかは、小さく首を傾げた。姫月は、一度口を閉じたまままごつかせた。それから、嫌と言う表情を隠しもせずに貼り付けた。

「……朱宮に言っといて。今のところ、あんたの思ってるようなことは、たぶん何もないって」

「思っているようなこと?」

「うん。朱宮は財団を警戒しているんだと思う。何か悪さをしているんじゃないかってね。でも、少なくともうちが把握している限りではそんなことなさそうなんだけどな」

(姫月さんって、もしかして財団にある程度詳しい人物なのでしょうか)

 林檎が意見を求めるくらいなのだ、少なくとも林檎以上に精通しているのは確実であろう。

「こんな感じでどう? 持って帰るには、充分なお土産になった?」

「あ、はい……。ありがとうございます」

「あんたも大変だねえ。人遣いの荒い腹黒の駒にされて、こんなところまでお使いなんて」

 姫月は憫笑した。たまかを慮るというより、面白がっているようだった。

「良かったね、爪と両足、それと内臓が無事で」

 『ラビット』のせいで失いかけたというのに、他人事のように姫月は笑い飛ばした。たまかは恨めし気な目線を送ったが、同時に気付いた。ノアにおはじきを食べさせられそうになっていた時、間一髪姫月が現れて事なきを得たのは、恐らく偶然の出来事ではなかったのだろう。

「……助けてくださったのは感謝しますが、初めから『ラビット』の皆さんに両足や内臓を痛める行為を禁じて頂けると、もっと有難いです」

「あはは。無理無理」

「姫月さんは、『ラビット』のリーダーなんですよね?」

「名目上はそうだけど、皆うちの言う事なんてきかないって。何より、皆が楽しそうにやってることを止めたくはないしね」

 『ラビット』の長はそう言って、あっけらかんと笑った。たまかは肩を落とした。姫月に何を言っても無駄であることを悟った。『ラビット』のモットーは、「楽しければそれでいい」というような『愉悦』だ。姫月が率先して行っているというわけではなさそうだが、『ラビット』のメンバーがそのモットーに従って殺戮を繰り返すのを止める意思もないようだった。

(怪我人や死人が出るのだけでも避けて欲しいものですが……。それを姫月さん一人に求めるのも酷、なんですかね)

 ナナやノアの顔を思い出し、たまかは苦い顔をした。あの二人と接しただけでもわかる。『ラビット』の者達を止めるなんて、とてもじゃないが一筋縄ではいかないだろう。

 これ以上姫月に求めても無駄だと悟り、たまかは話題を変えた。

「一つ、私からも質問してもいいですか?」

 林檎のお使いはもう果たしたと言えるだろう。ならばたまかがずっと訊きたかったことをきくなら、今だ。姫月は不思議そうな顔をした。

「朱宮からの質問じゃなくて、あんたから? 個人的なこと?」

「はい。……『不可侵の医師団』を襲撃したのは、『ラビット』ですか?」

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