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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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115/115

第115話

 その後の話、後日談。

 国を外国へ売ろうとしたことを始め、三組織を潰そうとした株価操作や長達の暗殺計画は、世へとすべて公表された。林檎の殺害や『ブルー』へのスパイを通じた情報操作、『ラビット』の長への水面殺害の強要なども同時に世に出され、すぐに国中を隅々まで駆け巡った。『レッド』主体のそのリークには証拠も伴っており、世間からは信憑性が高い情報として認知されることとなった。『不可侵の医師団』を襲撃させたことも明るみに出て、財団は急速にその力を失った。今のこの国は警察も法も既に機能していないが、それでも活動している組織達はどこも情報に敏感だ。『不可侵の医師団』の上層部の人間達は財団の人間の治療を拒むことを宣言し、他の小さな組織達も三組織の目を気にして財団との取引を避けるようになった。どんなに金があったとしても、取引先が無ければ食糧の確保すら難しくなるだろう。治療が受けられないとなれば抗争も出来ない。一方で姫月達は国の売却先に連絡を取ることに成功し、国の売却計画は白紙となった。その上財団は外国からの信用を失い、多額の違約金を支払う羽目になった。財団は国を操作するどころか、解体の危機にまで陥ってしまった。当分は大人しくなるだろう。

 長を失った『レッド』はその席にたまかを座らせ、そちらも世へと公表された。『レッド』は長のいない期間を無くすことで力を失うことを避け、勢力図が大きく傾くことはなかった。長の代わった今を好機と見た中小組織が手を出してくることも危惧していたが、現実には起こらなかった。何せたまかは林檎が直々に指名した人物であり、そして『レッド』はその情報をわざと周囲に漏らしていた。たまかは他の組織から見れば警戒するに値しない人物であるだろうが、そのたまかを長に任命した林檎は別である。他の組織から恐れられていた彼女の威厳によって、血の気が盛んな組織達もしばらくは様子見を決め込んだらしい。力を失った財団や『ブルー』、『ラビット』からも命を狙われることはなく、たまかは無傷の状態で長の席に座っていた。もちろん『レッド』の人員たちも長を守るために動いてくれている。たまかは財団を破滅に追いやった渦中の人物ではあるが、『レッド』の長という肩書に守られ身の安全を保証される形で日々を過ごしていた。

 『ブルー』と『ラビット』は劇的な変化はなく、これまで通りだった。好き放題に暴れまわり、死人や怪我人も出る始末だ。他の組織を目の仇にして、喧嘩ばかりしている。己の目指す世界へ忠実で、長への忠誠心によって他を排除しようとする。それでも、小さな変化はあった。手始めに、長達は食糧協定を結んだ。これは他の組織が食糧難に陥った場合に、食糧を提供するという契約だ。最初は『ブルー』と『ラビット』間のみで結ばれた契約は、中規模組織、そして小規模組織へと広がっていった。そして、週に一度、休戦日を設けた。どの組織もいがみ合いを避け、抗争をしない日である。慎重に少しずつ、だが着実に、長達は現状を変えようと歩みを進めていた。




 緩やかな陽射しが差し込む昼下がり。たまかは大きなエグゼクティブデスクに向かい、書類にペンを走らせていた。温かみのある優しい色合いのランプの光が、淡くたまかと机上を照らしている。以前は花の香りが満ちていたこの部屋も、部屋主が変わった今は消毒剤の匂いが広がっている。

 こんこんこん、とアンティーク調の重厚な扉が鳴った。たまかは顔をあげ、「どうぞ」と返事をする。部屋に入ってきたのは、サクラだった。天井の中央から垂れ下がった球体の照明器具の下を、真っ直ぐと机の前まで歩いていく。白いレースカーテンの引かれた窓の外で、鳥が一羽、広がる青空へと飛んで行った。

「報告します」

 黒いおかっぱの髪を揺らし、立ち止まる。重い瞼の奥の瞳は、何やら嬉しそうだ。

「本日の『レッド』の死亡者数、ゼロです。怪我人も、昨日よりさらに減って——」

 彼女の口調は僅かに跳ねていて、上がった口角が隠せていない。最近の死傷者数を報告する時の彼女は、いつもこうである。

「なるほど、ありがとうございます。『不可侵の医師団』もその分余裕が出来て、他の組織の患者さんに手が回せるでしょう。これを出しに行くついでに、らんとすずにも状況を共有して……」

 たまかが記入を進めていた書類に視線を落として、今日の予定を立て始める。サクラも同じく机の上の用紙に気付き、その書類に書かれている名称を読み上げた。

「……有給休暇、申請書?」

 サクラは眉を寄せた。

「はい。あ、これは『レッド』に出すものではなくて、『不可侵の医師団』に出す分ですよ。溜まった分の有給休暇を一気に消化することになるなんて、使わず取っておいてよかったです」

「……待ってください。まさか今のたまかさんって、『不可侵の医師団』では有給休暇を取っている状態なんですか?」

「そうですよ?」

「休暇の片手間に巨大組織の長をしないでください!」

 サクラはバン、と両手で机を叩いた。窓の外で、二羽の鳥が空へと羽搏いていった。

「一旦『不可侵の医師団』は抜けるべきですよ。『レッド』の長を降りる時にまた入り直せばいいでしょう」

 書類を引っ手繰り、サクラは自身の顔の前へ掲げ繁々と眺めた。その様はもはや懐刀というより秘書である。

「出来ませんよ」

 たまかは座ったままの状態で、首を横へ振った。

「私は『不可侵の医師団』の人間ですから。どんな立場になろうと、それだけは変えられません」

 サクラは穏やかに微笑むたまかの瞳の奥に、強い信念の色を垣間見た。再び書類を一瞥してから小さくため息をつき、机上へとそれを静かに戻した。それ以上何かを言うつもりはないらしかった。

「……『不可侵の医師団』と『レッド』の要請が被った場合、一時的にわたくしに指揮権を譲ってください。その際は、『レッド』のことはわたくしが……」

 サクラの真面目さの滲む声に、扉をノックする音が被った。サクラは話すのを止め、後ろを振り向く。たまかが返事をすると、扉がゆっくりと開き、御盆を持ったアカリが姿を現した。

「あら、桜ちゃんもここにいたのね。良かったら、クッキーを——」

 にこやかに笑い掛けるアカリの持つ御盆の上には、言葉通りバタークッキーのたんまり入ったお皿が用意されていた。共に乗るマグカップからは湯気が立っている。ホットココアのようだ。しかしその御盆を押し出すようにして、アカリの脇からさらに人が顔を出した。珊瑚朱色の小さな三つ編みを跳ね上げたアカネだった。小さな出入口に二人は定員オーバーのようで、狭そうだった。

「たまか!」

 斜めになったお盆を慌てて整えるアカリを意にも介さず、アカネは部屋へと叫んだ。何やら急いでいる様子だ。

「『ブルー』と『ラビット』の抗争が、第四通りで発生した。突発的なものにしては結構大規模で、『ラビット』側は戦車なんかも用意しているらしい」

 部屋の空気に緊張が走る。アカネはその口をにやりと歪めた。

「チャンスだ。『レッド』はその隙をついて、漁夫の利を狙っていこう。一ヵ所に集まったところに、爆弾でも撒いてやれば——」

「治療に行かないと!」

 アカネの作戦の提案は、勢い良く立ち上がったたまかによって遮られた。

「アカネさんは、抗争の原因の情報収集に向かってください。アカリさんとサクラさんは、身を潜めて現地へ向かい、戦車を使用される前に使用不可能な状態に持っていくようお願いします。出来れば、それを奪って『レッド』のものにすることも視野に入れてください。また、御三方の任務に必要な人員以外は近づかないよう、『レッド』内に通達をお願いします」

「わかりました~」

「承知しました」

「……はあ」

 アカネは自身の顔を片手で覆った。アカリの脇から顔を出したままの体勢で、盛大なため息を漏らす。

「わかってた……わかってたさ、こうなるってな」

 アカネは苦い表情のまま、「了解」とぶっきらぼうに答える。その顔は不満そうだが、異論を唱えることはなかった。たまかは三人の返事を確認し終え、現地へ向かおうと慌ただしく机を離れた。

「あっ、たまかさん。待ってください」

 アカリが桃色の長い髪を靡かせて振り向き、たまかへ制止の声をあげた。

「今日はこれから定例三者会談の予定でしたよね? 先方への連絡はどうしましょうか?」

「大丈夫です。きっと同じ様に二人とも現地へ向かっていますから……開催地が変更になるだけです」

 たまかの笑みは、確信を持ったものだった。アカリも安堵したように頷きを返す。財団の一件のあと、『ブルー』と『レッド』、そして『ラビット』は、週に一回、定例会議の場を設けることとなった。これはたまかの提案だった。各組織の近況報告から協定の締結、果ては他愛のない話まで。お茶菓子と共に行われる少女達のお茶会は、本来期待していた光景からは一人欠けたものなのだろう。けれど、それでもいいのだ。新しい関係を始めていくのだから、そこに新しい人員がいてもいい。たまか、水面、姫月は、その会議を通じて組織の未来について語り合い、そして確実に形作っていっている。同時に、水面と姫月の関係も、徐々にぎくしゃくとしたものが抜けていっているようにたまかは感じていた。たまに軽口が飛び交って、二人は同じタイミングで笑いを零す。きっと、昔のように。その光景を目にする度、たまかの胸に温かなものが広がって、そして思わず微笑みが浮かんでしまうのだ。

「私も治療のために現地へ行きますので、途中まで一緒に向かいましょう。詳細な作戦も、向かいながら立てましょう」

 たまかの言葉に、サクラとアカリが頷く。アカリとアカネが横に退き、道を作った。クッキーの置かれた御盆は隅へと置かれた。一旦お預けである。

 たまかは颯爽と部屋を飛び出した。白い制服と薄桃色の髪を靡かせる。その後ろに、『レッド』の制服を揺らして三人の少女が続いた。




 空は快晴である。その下を、今日も『不可侵の医師団』の少女は駆ける。誰も傷つかない理想の世界を、追い求め続ける。そうしないと、望んだ未来を掴むことは、出来ないのだから。

〈了〉




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