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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第114話

 厚底の音が耳に入った。相変わらず本人のペースのようにゆったりした間隔で、段々と近づいてくる。やがてフリル塗れの制服が姿を現し、桃色と紫色のメッシュの入った二つ結びの白髪、そしてミニハットを揺らして止まった。その手には手提げバッグが抱えられていた。姫月は持って来たバッグに資料とパソコンを雑に入れると、肩に掛けようとフリル塗れの袖を通した。

「あっ、持ちますよ」

 たまかは急いで立ち上がり、姫月から手提げバッグを掠め取った。ノートパソコンが入っているだけあって、少し重い。小柄な身体でうんしょと掛けなおす。

 それから、床へ腰を下ろしたままの水面と、手提げを奪われたまま突っ立っている姫月を振り返る。

「私はこれを持つので、姫月さんは水面さんに肩を貸してあげて貰ってもいいですか?」

 姫月の返事を待たず、言葉を続ける。

「私、下の階の方々の治療もありますし、先に行っていますね」

 二人の顔を見渡し、それでは、と挨拶をする。足早に退散しようとすると、後ろから「待って」と制止の声が掛かった。姫月だった。

「あんたも一緒にいてよ。……お願い」

 たまかは狐につままれたような顔をした。姫月は普段通りの澄ました顔をしていて、胸中はわからなかった。たまかは複雑そうな顔を浮かべ、水面へと視線を移した。

「……あたしからも頼む」

 水面も感情の見えない表情で、たまかへと訴えた。

(積もる話もあるでしょうし、二人きりにしようと思ったのですが……)

 当人たちに頼まれたのでは、断れるはずもない。

(私、邪魔じゃないですか……?)

 たまかはそう思いながらも、渋々と頷いて見せた。それを確認したあと、姫月は水面へと近づいていった。厚底が床に擦れて、音を鳴らす。その音が、やけに響いた。

 姫月は無言のまま、水面の片手を取り、自身の首へと回した。水面の腕の上を、姫月の白い髪がさらさらと零れていった。水面はその小柄な身体を支えに、立ち上がった。二人は身体を密着させながらも、お互い目を合わせず、口を噤んでいた。

(もしかして、気まずいんでしょうか……?)

 少し離れたところで、たまかはその様子を静観し続ける。たまかが仲を取り持つのは簡単だ。それでもきっと、口を出してはいけない。これは二人の問題なのだ。

 姫月が水面を支えた状態で、二人はそのまま動かずに突っ立っていた。歩き出すことも、話しかけることもしない。やがて、姫月がその重い口を開いた。目線は相変わらず前を向いていて、横の双眸へは向かない。小さく吸った息は、少し震えているように感じた。……気のせいかもしれない。

「水面」

 横の少女の名前を呼ぶ。きっと昔は毎日毎日、何度も呼んでいたのだろう。今は名前を呼ぶだけのことが、こんなにも難しくなってしまった。

「何?」

 水面は姫月の声に、短く返事を返した。柔らかな印象を受ける声色だった。

「覚えてる? 昔さ……三人で財団に来たとき、あったじゃん」

「あったね。覚えてるよ」

 雲の合間から差し込む陽射しは、橙色に染まっていた。割れた窓ガラスから滴る雫は、その光を反射する。長い影を作る二人の背中が、朱色に染まっていた。

「資料を一通り閲覧した林檎がさ……最後のページを読み終えたあと、ほざいてたよね。『この財団は権力と金ばっかり見ているわね』って」

「言ってたな。よくもまあ姫月の目の前で言えたよな」

 二人は視線を合わさないままだった。

「……あの子には、一体何が見えていたんだろうね」

 姫月の声色は、少し寂しさが滲んでいた。水面は返事をしなかった。その答えは、もう本人からきくことはできない。

「ねえ、水面」

 姫月は水面の腕の上に掛かる白髪をさらさらと流して、横へと振り向いた。水面も、自身を真っ直ぐと見つめる瞳へ視線を絡めた。

「うちらはさ……あの頃の関係に戻るのは、もう無理だ。そうなるにはお互い、沢山のものを喪いすぎた。それに、沢山のものを抱えすぎている。そうだよね?」

「そうだな」

 二人は組織の長であり、二人の関係だけで動かしきれない程の命を抱えている。

「でも……もう、これ以上喪うのは懲り懲り。喪うのは、林檎だけで充分」

 なおも言葉を続けようとした姫月へ、被せるように水面の口が開いて声を発した。

「姫月」

「……。何」

「あたし達は、新たな関係を始めよう」

 二人は息すらも掛かる距離で、お互いの瞳を見つめ合った。

「これからまた、新しい形の関係を築いていくんだ。それが友達と呼べるものかはわからないけど……それでもいい。きっと、また一からやり直せる。……あたし達二人だけじゃ、難しいかもしれないけど——」

 そこで水面は、顔をあげた。距離を開けて影の中に立つ、ナース服の少女を視界に映す。姫月も顔をあげ、同じ景色を瞳に映した。

「たまかがいる」

「え?」

 突然話を振られたたまかは、ぱちぱちと瞬きをした。

「きっと三人なら……大丈夫だ。だって、一回は絆を深めたんだ。そうだろ?」

「……そうだね」

「あの。私は、林檎さんじゃありませんが……」

 たまかは躊躇いがちに、小声でそう言った。たまかは林檎のように、二人へ軽口を叩けたりしない。彼女のように二人と笑い合うことは出来ないし、彼女のように二人のことを理解しつくしていたりはしない。

「そんなのわかってるよ。林檎じゃなくてたまかだからこそ、あたし達が新しい関係を築くのに立ち会って、見届けて欲しいんだ。姫月とあたしだけじゃない。お前も含めて、三人で新しく一からやっていこう」

「……大体、うちも同じこと言おうとしてた」

 姫月は横の水面へと顔を戻し、にやりと笑みを浮かべた。水面も「だろ?」と言って、くしゃりと笑った。

 たまかは二人の言葉に、戸惑ったように視線を泳がせた。しかし朱色の光の中で微笑む二人に導かれるように、顔をあげた。黒の影の中から一歩、白い靴を踏み出す。たまかの白い制服は、光の中に進む度に、朱色に染まっていった。

「三人で築いていきましょう。……私達の、理想の世界のために」

 朱を映す三人の瞳には、それぞれの理想の世界が映っている。恋焦がれ、必死にもがき手を伸ばす先の世界は、各々景色が違う。それでも、三人で力を合わせれば、きっと辿り着ける。未来を掴むことを恐れず、困難に挫折することなく、必死に道のりを歩むことこそ、きっと理想の世界を実現させるために必要なことなのだ。

 遠くの空には虹が掛かっていた。しかし室内の者は皆窓に背を向けていたため、気付くことはなかった。夕日に照らされた床を、三人は一歩踏み出す。支え合いながら、確実に。少女達の顔に咲く笑顔の花は、割れたガラスについた橙色の水滴に、煌びやかに映されていた。




***




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