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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第111話

 デスクトップ画面は簡素なもので、白い無地の壁紙に、二つのフォルダが隅っこに置いてあるだけだった。姫月はタッチパッドに指を乗せ、カーソルを一番上のフォルダへと合わせた。二回軽く叩くと、その中身がポップアップした。

「何これ……資料?」

 中身のファイルを開くと、資料は日本語で書かれていなかった。何やら文章が二行ほど記載され、その下に日時と数字が書かれている、シンプルなものだった。

「うーん……?」

 姫月は眉を顰めた。たまかも横で、同じ表情をする。

「なんでしょう、これ? 日付と時間……? それに数字……」

 たまかは画面を睨みつける。隠し部屋に入れられ、かつパスワードまで掛けられていたのだ。何か重要な情報には違いないはず。しかし、日時と数字がメインのシンプルなファイルは、たまかにとって謎を呼ぶばかりだった。

「日付? あれ、……これ……」

 たまかの横で、姫月がその口元を黒いレースの掌で覆った。目の前に記載された日付の出来事を脳内で反芻しているかのように、彼女は目を見開いた。

「これ…………!」

 たまかは横の姫月へと疑問で支配されたままの顔を向けた。たまかは記載された日時を思い起こしても、抗争中の少女達の治療に追われていた、至って普通の日としか感じなかった。だから姫月の反応は理解出来ないもので、僅かに首を傾げてみせた。対する姫月は、息の仕方も忘れたのではないのかという程の焦りようだった。

「これ…………、国の株価が暴落した時の……!」

 たまかは目を剝いた。慌てて画面へと顔を戻す。指し示す日付は、たまかが猫や水面、林檎、姫月達と出会うよりも前のものだ。祝日でも特別な日でもない、平日の日常の時間。後ろで『ブルー』の二人が顔を見合わせた。当事者であるはずの水面は、あまりピンときていないらしい。彼女は借金を負ったという事実にしか興味はなく、株価についての詳細は気に留めていなかったようだった。

「た、確かなんですか」

「う、うん……!」

 一方の姫月は、気を保とうと震える手に力を込めた。たまかはその横で、なんとか逸る気持ちを抑えようと、胸へ手をあてた。

「い、一度閉じてプロパティ画面を開いてください。このファイルの作成日を確認しないと……!」

 姫月は顔に持っていっていた手を再度タッチパッドへ置き、その上へとレースを滑らせた。資料のプロパティを表示させる。

「ま……前だ。暴落した日時より、前に作られてる!」

「ということは、国の株が暴落したのも、全部財団が意図してやっていたってことですか……!」

 株の操作は作為的だった。三組織の借金は、財団によって作られていたのだ。

「日付の下の数字は売った株の数でしょうか。恐らく姫月さんのお父さんは、昔からこっそり国の株を保有していたのでしょう。そしてそれを国を売る契約をしたよその国へ譲渡して、指定した日時に大量に売らせた……とかなのでしょうか」

 三組織が思っているほど、この国の株は三組織に集めることが出来ていなかったのだろう。あるいは財団側が騙していた可能性も大いにある。他の国々に散った他の株主が、それを見て揃って株を売却した。そしてこの国の株価は、大暴落してしまった。そういう流れだったのかもしれない。

 そもそも今の世の中、この国の株というシステムはほぼ廃れていて、正常に機能しているか怪しい状況だ。仮にシステムが生きていたとしても、正式な売買がされているかもまた別の話となってくる。また株というシステムを認知している人すら珍しく、たまかも株についてほとんど知識がない。だから、どういう経緯で株が暴落したかの真相はたまかにもわからない。ただ確実に言えることは、財団の手が入り、裏で糸を引いていたということだ。

「最初から、全部仕組んでたんだ……!」

 姫月は切歯扼腕して、顔を歪めた。財団は株の暴落に乗じて三組織を潰そうとしたのではなかった。最初から三組織を潰そうとして、株を暴落させたのだ。

「姫月さん、もう一つのファイルも見てみましょう」

 たまかはもう一つフォルダが存在していたことを思い出し、姫月を促した。姫月は開いていた資料を閉じ、もう一つのフォルダの中身を開いた。その中も、同じ様に資料が入っているだけだった。その資料を開くと、数多の名前とメールアドレス、そして電話番号が記載されていた。

「これは……?」

 姫月は困惑しながら資料へと目を走らせた。どうやらこの資料は、アドレス帳代わりに使っていたようだった。外国語の名前がほとんどだったが、中にはカイの名前もあった。

「メールアドレス……ということは、このパソコン、メールソフトが入っているんでしょうか?」

「うーんと……。ああ、入ってるね。通話ソフトも入ってる」

 設定画面から入っているソフトウェアを確認した姫月は、そのままメールソフトを立ち上げた。

「履歴は……当然なしか。削除されてる」

 姫月はため息を漏らした。

「でもさっきのリストを片っ端からあたっていけば、この国を売った相手とも連絡がとれるかもね」

「いえ……」

 たまかは後方へと顔を向けた。その先はミナミだ。

「さっき、『グリーン』という組織がある、と言っていましたよね? デジタルに強いって」

「あ? ああ……」

「後程場所を教えてください。……このパソコンを解析してもらいましょう。削除されているデータも、恐らくその組織なら復元できます」

 先程アカリの報告で、削除した写真の復元に成功したという内容があった。恐らくこれも『グリーン』の手柄なのだろう。となると、削除したメール履歴のデータの復元も、『グリーン』なら可能ということだ。恐らくこのノートパソコンが開かずの間に封印された理由は、『グリーン』という組織を警戒してのものだったのだろう。

「先程のリストに、カイさんの名前もありました。上手くいけば……財団からカイさんに指示が出されていた証明にもなります」

 このパソコンを通じてカイに連絡を取っていたのだとすれば、財団からの指示も残っているかもしれない。

 たまかは画面へと顔を戻した。その顔は、険しい山を登り切った時のような、そんな表情をしていた。

「これで……、これで財団のやってきたことを明るみに出すことができます……!」

 台の上の資料、画面の光るノートパソコン、そしてこの部屋に続く階段に佇む三人の持って来た情報。これらを組み合わせれば、財団の悪事を暴くことが出来る。たまかの言葉に、『レッド』の三人の顔も安堵したものへと変わった。明るい顔を見合わせる。これで、『レッド』として報復が出来る。『レッド』の長、林檎を殺した復讐を成し遂げることが出来るのだ。水面と姫月も、穏やかな顔でその口角をあげた。三組織の壊滅の危機は過ぎ、友人が死んだ真相に辿り着くことが出来た。ミナミもその八重歯をちらつかせ、水面の顔を嬉しそうに眺めた。財団との抗争は、ついに終わりを迎えたのだ。

 どたどたと、慌ただしい足音が遠くから響いた。それは段々と近づき、部屋に響く音と揺れる振動を大きくする。しかし、財団の突撃にしてはその足音の数は少ない。くぐもった大きい足音は、その靴の底が厚いことを意味していた。

「いえ~~~いっ!」

 足音は階段の上までやってきた。上部からの陽気な声に、部屋の者達は階段の先の光を見上げる。明るい楽し気な声が振ってきて——それと同時に、視界が、沢山の紙片で埋め尽くされた。辺りを蝶のように舞い踊り、雨の如く次々と降ってくる。部屋に積もり塞いでしまうのではないかという量のそれは——この国の紙幣だった。

「たまかちゃん、見て見て~!」

 ナナとノアの大きな声は、狭い部屋によく響き渡った。『レッド』の面々を押しのけるように、その黒いレースに包まれた手が伸ばされ、その度に紙幣が辺りへまき散らされる。部屋の者達に降りかかる様は、まるで大きな紙吹雪のようだった。

「作戦は無事に終了したよ! ——『ラビット』と『ブルー』、ついでに財団側の負傷者もゼロ! ……ぜ~んぶ、たまかちゃんの言う通りにしたよ!」

 『ラビット』の朗らかで元気な声は、高らかに響き渡った。楽し気な声色は、心の底からのものだとわかる。紙幣が視界を埋め尽くして舞う中、たまかは天を見上げたまま、口元を緩めた。そして、破顔する。——部屋の者は、皆笑顔だ。

 たまかなりの『平和な世界』。誰も傷つかない、笑顔の溢れる世界。皆が自分らしく生きる世界。そんな世界の実現の、最初の一歩は踏み出された。きっとその小さな芽は、確かにこの部屋に存在している。美しい花を咲かせる時を、心待ちにしながら。




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