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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第110話

(財団の応援が来ちゃいましたか……!?)

 確かに捜索に時間を掛け過ぎた。たまかは唾を呑み込み、警戒した面持ちで背中へと振り返る。そして手摺り越しに階段の上を見上げた。人の声が僅かにきこえたあと、足音は階段の上へと近づいてきた。階段を軋ませ降りてきたのは、財団の灰色スーツではなかった。暖色の淡いグラデーションの生地をふんわりと靡かせ、その足首まであるスカートを手でたくし上げている人物。黒いおかっぱを屈める姿は、サクラのものだった。その後ろに桃色の長い髪を靡かせたアカリが続いていた。恐らく、その後方にいるのはアカネだろう。

「……驚きました。財団に隠し部屋が存在していたのですね」

 サクラは空間についての感想を漏らしたあと、たまかに気付いて声を張り上げた。その口角はあがっている。

「たまかさん! よくぞご無事で。こちらも任務を遂行致しました」

 弾んだ声色は、任務の成功を意味していた。たまかも思わず笑みを浮かべて、頷いた。サクラの後ろで、アカリが垂れる桃色の長い髪を耳にかけた。屈んだまま、詳細な説明を引き継ぐ。

「『不可侵の医師団』襲撃事件を実行した主犯は、音無灰オトナシカイ。財団に所属しており、『ブルー』に忍び込んでいたスパイです。彼女の実行を示す証拠として、『不可侵の医師団』襲撃事件の現場の写真が残っていました。廊下に倒れている方の怪我の状態を伝えるために、偶然撮られていたものでした。彼女の履き物には、『レッド』が予め細工をしていたようなのですが……写真から、その跡を確認することが出来ました。写真は既に削除されていましたが、今回『レッド』が手を尽くし、なんとか復元して手元に確保済みです。また、彼女が財団に在籍している証拠として、財団のロッカーから彼女の指紋を採取しました。財団の在籍名簿の写しも入手致しましたので、彼女と財団の繋がりを証明することが出来ます」

 その後ろ、姿は低い部屋の天井に隠れて見えないが、少々声にぶっきらぼうさが滲む声が響いた。冷静な通る声色は、アカネのものだ。

「財団の金と接触相手についても、可能な限り探ったよ。『グリーン』のお陰で、ようやくその尻尾を掴めた」

「『グリーン』……?」

 たまかは聞きなれない組織名を繰り返した。困惑を滲ませた声に、アカネは階段の上でああ、と漏らした。

「あんたは知らないか。『グリーン』は小規模組織で、デジタル関係を得意とする珍しい組織だ。要はコンピューターなんかのネットに強い奴らってことだ」

「『ブルー』や『レッド』に影響を受けている名称からも分かるように、かなり若い新興組織だな」

 ミナミが横で小さく付け加える。アカネは構わず説明を続けた。

「ネット上における財団の電子記録を探ってもらった。他とのやりとりには海外のサーバーを何個も経由していたらしくって、大分骨が折れてたみたいだけど……多段プロキシの内の一つであるプロキシサーバーの管理先にハッキングして情報を盗み出したとかなんとか……まあ、細かいことは省く。結果として、多額の金の送金記録と、海外サイトの入力記録を手に入れた。送金の名目は香典だった。海外サイトは、ホテルの予約ページだったみたいだ。どうやら他の国へも赴いていたみたいだな」

「なるほど……この部屋で手に入れた通信記録と合わせれば、国を売ろうとしていたことの証明になるかもしれません。ホテルの場所もわかれば、売った相手も絞れそうです」

 「通信記録……」と漏らし、サクラが部屋を見渡す。台の上に置かれた資料に目を留め、納得したように声をあげた。

「なるほど、こちらの隠し部屋にも資料が置かれていたのですね。これらはきっと、財団を追い詰める武器となるでしょう」

「そうなんですが……。一つ問題が」

 たまかは自身の後ろのノートパソコンを指差した。

「このノートパソコンにも、たぶん重要な情報が入っているのですが……パスワードがわからないんです。試行回数も、あと一回して残っていなくて。……皆さんは、何か心当たりはありませんか?」

「パスワードですか? 入力方式は?」

「数字四桁です」

 沈黙が訪れた。謎に包まれた財団と、『レッド』との関わりは薄い。『レッド』の皆から明るい声があがることは恐らくないだろう。たまかにとって予想の出来ることで、落胆するようなことではない。

「数字……四桁……」

 たまかの言葉を復唱するように呟かれた言葉は、サクラのものか、アカリのものか、はたまたアカネのものか。空中で塵が煌めく狭い空間に、その声は消えていった。

「『レッド』の手の内を他の組織に明かすのは極力控えたいところですが……」

 サクラは『ラビット』の長、そして『ブルー』の長へと順に顔を向け、不満そうにしてから、それを振り払うようにたまかへと顔を戻した。

「これは敵討ちのために必要ですし、なにより今回財団のロッカーへ潜入出来たのは、敵を全て倒しておいてくれた『ブルー』のお陰ですからね。……仕方ありません」

 『レッド』から返って来た声は、悄然としたものではなかった。

「正確なパスワードまで特定は不可能ですが……ある程度絞ることは可能です」

「えっ」

 暗かった室内が、僅かに希望を取り戻す。

「朱宮さま直伝の、『レッド』流パスワード解析方法があります」

 サクラは胸を張ってそう言った。それから「灯」、と横のアカリの名前を呼ぶ。アカリは桃色の髪を揺らして頷き、その後を引き継いだ。

「今、うちの手元にはALSライトがあります。これは指紋の可視化が可能なのですが……」

 先程、財団のロッカーで指紋を採取した、と言っていた。そのために持ってきていたのだろう。

「もしそのノートパソコンが普段あまり使われていないものであれば、立ち上げ時に入力するパスワードのキーにのみ、多く指紋が付着することになります。指紋がどのキーにどの程度ついているかから、パスワードに使われている数字を割り出すんです」

 思いもよらない方向性からの解読法に、部屋で唸っていた者達は俄かに息を呑んだ。それを横目に、アカリは横に置いていたバッグを開け、中からライトを取り出した。手摺り越しに、たまかへと差し出す。たまかは天へと両手を伸ばして、それを受け取った。

「林檎が考えそうなことだな」

 姫月は苦笑交じりにそう言った。彼女の叡智はもう発揮されることはないが、確実に『レッド』の少女達に受け継がれているのだ。

 たまかはライトをつけ、キーボードを照らした。白いノートパソコンは、淡い緑色に照らされて染まった。同時に、指紋の跡が汚れのように浮かび上がる。アルファベットが並ぶキーは、どれも似たような付着具合だった。ある程度このパソコンを使いこんでいたらしい。しかし、テンキーは如実に三つのキーに付着が集中していた。テンキーはパスワードの入力にのみ使用していたのだろう。

「指紋の多いキーは……ゼロ、ニ、キュウ……ですね」

 たまかは指紋に塗れたキーの数字を、一つずつ読み上げた。そしてライトをオフにし、白に戻ったキーを見下ろした。

「ですが、ここから絞らなくてはいけませんね……。ゼロとニとキュウをすべて使った四桁のパスワードは、全部で……三十六通りあります」

 三十六通りに対して、試行出来る回数はたった一回である。たまかは答えを縋るかのように、険しい顔を並ぶ数字のキーへと向ける。

「ゼロ、ニ、ニ、キュウ」

 たまかの横で、歌うように、しかしはっきりと、数字の羅列が響いた。姫月だった。

「ゼロ、ニ、ニ、キュウ。……たぶんパスワードは、これ」

 彼女は険しい顔で——しかしある種の確信を瞳に滲ませ、じっとたまかを見つめた。

「試させて欲しい。……いいかな」

 彼女には、該当する三つの数字の織り成す四桁の数列に、何か心当たりがあったのだろう。姫月は、じっとたまかの答えを待った。たまかはその言葉に、ゆっくりと、しかし力強く頷いた。水面とミナミからも、異論は出なかった。姫月は部屋の一同をゆっくりと見渡したあと、画面へと視線を下ろした。人差し指をゼロへ持っていき、軽く押した。姫月は唾を呑み込む。ニのキーを押す。彼女はぱっちりとした睫毛を瞬かせた。再びニのキーを押す。小さく息を漏らした。人差し指を対角線上に動かし、キュウのキーの上でぴたりと止める。軽く押すと、エンターキーの上へと指を移動させた。黒いレース越しに、ピンクのマニキュアの塗られた爪が、画面の光に照らされる。一度天へと振り上げられ、そして、真っ直ぐと下ろされた。エンターキーが、カタ、と小さく鳴った。

 ウィンドウが消えた。画面いっぱいに、デスクトップ画面が表示される。

「やっ……た!」

 姫月は詰めていた息を、思い出したように吐き出した。

「成功したな!」

 後ろの水面が、嬉しそうに声をあげた。色の変わった液晶画面の光に負けないくらい、たまかもその顔を明るくした。

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