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抗争の狭間に揺れる白  作者: 小屋隅 南斎


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第108話

 ソラがカイを固定する腕に力を込め、覗き込むように顔を乗り出した。

「別に恩を売った覚えはないんだけど? ただ弱い奴を鍛えていた、それだけでしょ。お前がこうなってるのは、全部お前の弱さが悪いんだ。不満があるなら、もっと強くなりな」

「……ブレないね、彼女」

「ソラさんは、戦闘民族なので……」

 姫月の小声に、たまかも小声で返した。

「そうですね……」

 ソラへと淡泊な言葉で答えるカイの顔は、ソラの後頭部によってたまかからは見えなかった。けれどその声は、余韻の残る、彼女の抱える沢山の感情が滲んだものだった。ソラとカイから少し離れた床の上、水面が小さく息を吸った。

「いつものあたしなら『ブルー』に敵が潜んでいたとしたら絶対にわかるはずなのに、なんで今回はスパイがわからなかったんだろうって思ってたけど……」

 腕を下ろした水面が、天井を真っ直ぐと見上げながら言った。腑に落ちた、という声色で、その顔は真面目だった。

「敵意がなかったからわからなかったんだな。納得だ」

 水面の中の第六感センサーは、『ブルー』に害をもたらす気のある者にのみ反応するらしい。

「あたしの感覚が鈍ったわけじゃなくて安心した」

「いやそれつまり、あんま役に立たないってことじゃん」

「五月蠅いな」

 姫月と水面の会話の横で、たまかはイロハの顔を思い起こしていた。

(水面さんがイロハさんに全然気づいていない様子なのは、そういうところもあるのかもしれないですね。イロハさんはすぐにでも『ブルー』を潰そうという気で動いているわけではないですから……)

 姫月の言う通り、水面の勘はあまり頼りにならない部分もあるようだ。だが『ブルー』に大きな被害が出ているわけでもない。本当にまずいときは、きちんと水面も感知できるのだろう。

 二枚歯の音がきこえてきて、たまかは顔を部屋の入口へと向けた。連続で鳴り響くその音は徐々に大きくなり、やがてたまかの視界に、勢いを削ぐように急に立ち止まったミナミの姿が現れた。走って来た勢いを一本の足で支えるかのように、二枚歯を床へ叩きつける。慣性の法則によって揺れる群青色のショートカット、長く垂れた袂、短いプリーツスカート。その小柄な身体は、動物用のポータブルケージを抱えていた。

「ああっ……猫さん!」

 中には三毛猫が入っていた。お腹についた傷は、今日の午前見たのと同じ姿である。耳と尻尾をピンと立て、肉球をケージに押し付けながら、二本の後ろ足で立っている。ガラス玉のような真ん丸の目が、じっと部屋にいる人々を見つめていた。怪我もなく、元気なようだ。たまかはほっと一息ついた。ミナミはケージを抱えたまま、部屋へと歩みを進めた。そしてソラとカイのもとへくると、しゃがみ込んだ。

「ほら」

 ミナミはケージを開け、猫を抱えるとカイへと差し出した。カイは戸惑ったように差し出された猫を見つめ返した。猫は大人しかった。暴れることなく、目の前の薄群青色の制服に身を包む少女を見上げていた。

「……」

 カイは猫を両手で受け取り、その胸に抱いた。猫は目を細め、ぱちぱちと二回、ゆっくりと瞬きをした。

「カイ」

 ミナミはしゃがみ込んだまま、カイの顔を覗き込んだ。

「この猫、ちょっと借りてもいいか?」

「……もちろん」

 カイは猫を優しく抱えなおし、ミナミへと掲げた。ミナミは頷き、その猫を自身の胸元へと抱き寄せた。片手だけで支え直すと、立ち上がる。

「よし。……試すぞ」

「はい」

 ミナミの視線に、たまかも気を引き締めて頷きを返した。

「待て、あたしも立ち会う」

 後ろからの声に振り向けば、水面が脇腹を抱え、よろよろと立ち上がろうとしているところだった。ミナミは慌てて猫をたまかに預けると、水面のもとへと駆け付けた。肩を貸し、水面の身体を支えながら、二人も生体認証の機械のもとへとやってきた。

 たまかの真っ白の制服に包まれた猫は、相変わらず大人しかった。そのつぶらな瞳は、何の憂いもないかのようにたまかを見上げていた。たまかも思わず微笑んで、猫の小さい頭を撫でた。そして機械の前でしゃがみ込み、息を短く吸った。

「じゃあ……いきます。まずは、顔から」

 たまかは唾を呑み込むと、生体認証の画面へ猫を真正面から近づけた。慎重に、ゆっくりと。機械は何の反応も示さなかった。鼻紋ではないらしい。

「次は……右手」

 桃色の肉球がぷにぷにと埋まる白い毛を、優しく手にとる。位置を確認しようとして裏側を軽く覗き込んで、たまかは目を白黒させた。

(ああ……この猫さん、肉球の一部がなんだか特徴的な形ですね……)

 瀕死の怪我を負っていたため、治療時はこの手もその負傷の一部なのだと思っていた。けれど状況を振り返れば、順序が逆なのかもしれない。特徴的な形の肉球だからこそ、生体認証の鍵に抜擢されたのだろう。

(つまり……『当たり』です)

 猫が痛くないよう、その身体ごと前へと掲げ、ふわふわの右手を画面へ優しく押し付けた。猫はじっと、たまかの手に包まれた自身の手を見下ろしていた。

「開かずの間は……これで瓦解します」

 まるで声帯認証のように、たまかの言葉に続けて機械音が響いた。ピーという無機質な音は、とても小さいものだった。やがて、ガコン、と何かが外れるような音がした。下を見下ろせば、二本の線から線までの幅、床との間が、数センチ程開いていた。奥に空間があるようで、少し風が漏れた。

「ああ……手動で上に持ち上げる感じなんでしょうか、これ? 隠し部屋ってこう……自動的にドアが左右に開いて、よくぞ見つけたな! って感じで登場するようなものだとばっかり……」

「馬鹿なこと言ってないで、開けるよ」

 落胆を隠さないたまかの横で、姫月は黒いレースが汚れるのも厭わず、開いた隙間に手を入れてがっしりと壁を掴んだ。そのまま商店街の古びた店のシャッターを開けるかのように、力の限り持ち上げた。そこまで重いものでもないようで、姫月の力でもすんなりと開いた。中は思ったよりも狭かった。人一人分くらいの空間で、差し込んだ明かりに塵が雪のように舞っていた。壁に一つスイッチがあり、姫月が躊躇なくそれを押すと、天井につけられた照明がついた。下には階段が続いていた。下にも明かりが灯っているようで、階段越しに柔らかな色合いが見える。どうやら資料は地下にあるようだった。

「ちょっと埃っぽそうですね……。猫さんはここに残した方がよさそうです」

 振り返り、カイとソラのもとへと向かう。猫を優しく抱えなおしてカイに差し出すと、カイは無言でそれを受け取った。

 姫月、たまか、そしてミナミと水面の順で、階段を降りていった。簡易的な手摺りを手で伝い、ぎしぎしと鳴る木材を一段一段と踏んでいく。下には小さな空間があり、そこには予想通り資料がまとめられたファイルが置かれていた。資料の乗せられた台、小さな丸椅子。そして、中央の机の上には一台のノートパソコンがぽつんと置かれていた。

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