第104話
「……順を追いましょう。貴方は国の株の暴落後、財団のスパイとして、『ブルー』に忍び込んでいました。『レッド』はそのようなものに敏感で入り込みにくいですし、『ラビット』は娘である姫月さんがいますから、情報の優先度は下がります。その点、『ブルー』は警戒心も低く、入り込むのは容易と見たのでしょう。そして貴方はきっと、財団の都合のいいように情報を流し、情報を抜き取り、水面さんの命を狙いつつ潜んでいました。そんな時、財団にとって重要な意味を持つ猫さんが、一般人に目撃されたという情報が入った。貴方はその人が所属する『不可侵の医師団』を襲い、殺そうとしました。財団の仲間に、即席で『ブルー』の格好をさせて。貴方なら制服の入手もある程度可能だったでしょう。変装は財団が襲撃したということを隠し、『ブルー』に罪を擦り付けることが出来ます。……ですが、対象の私はその場にいなかった。殺されることを免れたのです」
たまかは猫の治療に専念しており、そこで時間を取られていた。結果、猫が目撃されたという情報にいち早く動いた財団とは入れ違いとなり、結果的に会う事はなかった。たまかが命を助けた猫によって、たまかの命も助けられた。
「財団はすぐに私を賞金首にしました。猫さんの情報は、それほど財団にとって重要な意味を持ったのでしょう。そして私を餌にして、三組織が抗争を激化させることも目論んでいたのだとも察せられます。莫大な借金を負わされていた三組織にとって、賞金首が現れれば食いつかずにはいられません。私を巡って共倒れになれば吉、さらに私を捕まえられれば救われた猫さんの居場所もわかり、私を口封じに殺すことも出来る。……財団にとって、一石二鳥です」
『不可侵の医師団』の襲撃は、結果的に見れば失敗で良かったのだ。たまかという餌を泳がせ、金のために我先にと三組織がそれに食いついて争えば、結果共倒れとなり潰すことが出来る。『ブルー』の仕業に見せかけたのも、『ブルー』が抜け駆けしたのだと思わせ他の組織を焚きつけることになる。カイがそこまで考えて『ブルー』の変装をさせたのかは定かではないが、恐らく桜卯はそこまで全て考えた上でたまかを泳がせていたのだろう。
「しかし、財団の意図とは違ってなかなか三組織の争いは過熱しませんでした。そこで、貴方はポポさんに接触し、『不可侵の医師団』の子を人質にとるよう入れ知恵でもしたのでしょう。ポポさんから私への伝言となる人形を受け取ったのはカイさんです、カイさんがポポさんに接触していたのは確実ですから。私はまんまと『ラビット』へと向かい、そこを襲撃した財団の者に危うく連れていかれかけました。しかし結局、財団は私を連れだすことも殺すことも出来なかった。そこで、財団は次の機会を待つことにしました。カイさんもその機会が訪れるまで着実に水面さんの信用を得ながら、『ブルー』に潜んでいた。そしてやってきた機会が、猫探しの同行だったというわけです。カイさんを通じて情報を掴んでいた財団の者は、現地へと先回りして忍んでいました。そして、猫さんを殺そうとした……ですが林檎さんによって、反撃を食らってしまいました。あとは先程話した通りです。カイさんが自身の保身のため、林檎さんを殺して私を生かした」
たまかは僅かに目を細めた。後方へと向けるように、視線を動かす。
「今、『レッド』は『不可侵の医師団』襲撃事件の証拠を集めに奔走しています。財団についても探りを入れている状態です。……林檎さんを喪った『レッド』の皆さんの執念を、甘く見ないでください。必ず——貴方が財団のスパイであると、白日の下に晒すでしょう」
「縹様!」
たまかの言葉が言い終わらない内に、頭の後ろで叫び声が響いた。それはたまかに向けられたものではなかった。
「こいつの嘘に、惑わされないでください。全て虚言です。こいつこそが、財団のスパイなのですから」
カイは変わらず自身の長へと訴えていた。真実は自分にあると、その顔が物語っていた。その真っ直ぐな視線を向けられ続けている水面は、肩で荒々しく息をしながら、僅かに眉を寄せた。たまかはそんな水面の様子を窺うことなく、後ろの人物へと言葉を続けた。
「……今の貴方は、私を殺したくて仕方がないでしょう。私もそれを覚悟しながら……『不可侵の医師団』襲撃事件の重大なミスを、貴方の前で話したのですから」
『ブルー』の特徴的な二枚歯。雨の降っていたあの日、『不可侵の医師団』の床に残ったのは、靴跡だった。二枚歯の跡ではない。靴跡の残った床の痕跡は、『ブルー』の仕業ではないことを示していた。カイの前で告げた銀行強盗の作戦変更は、そのからくりを逆手に取ったものだった。
靴跡の痕跡は、襲撃者が制服を完全に用意出来ない外部の人間であることを意味し、かつ変装用の制服はある程度用意出来る程『ブルー』に内通した人物がいることを意味する。そして——
「貴方は気付いていたのではないですか? その痕跡こそが、貴方が実行犯だと裏付ける証拠に繋がってしまうと」
——「雨は流れ落ちるものというイメージが強いですが、逆です。わたしは、むしろ雨は形跡を残すものだと思っています」。
「常に『ブルー』の状況を把握していた『レッド』が、貴方の存在に疑惑を向けていなかったはずがありません。貴方は『ブルー』向きの性格ではないですし、腕っぷしにもそれほど自信があるようには見えません。つまり、『ブルー』に所属しているにしては違和感のある人物像だったんです。そして、『レッド』がそんな不審な貴方を探るために行動に移していなかったはずがない。……貴方の履き物には、『レッド』によって何か細工がしてあったんじゃないですか?」
後ろで、僅かにカイが息を呑んだ。捕らえられて密着している、たまかにしかわからないくらい小さいものだった。
「『不可侵の医師団』の廊下は、血と泥、雨水で汚れていました。侵入者の靴跡が、くっきりと残るくらいに。……貴方の二枚歯の跡も、それに混じって残っていたことでしょう。数多の靴跡に混じって、僅かに、それでも確実に。……例えば『レッド』が貴方の二枚歯に僅かに穴を開けてでもいたとすれば、その跡には点が残ります。詳細はわかりませんが、『レッド』は貴方が何か行動を起こした時に、貴方がやったとわかるような細工をしていた。……貴方は、後々その細工に気が付いた。だから……靴跡の痕跡の話に、必要以上に怯えていた」
自分の行いだと、バレてしまうから。
「そんな中、暗に全てを知っていると林檎さんに告げられた貴方は、確実に林檎さんを始末する必要がありました。証拠を掴まれているも、同然ということですから。きっと最後まで猫さんが見つからなかった場合でも、私を送り届けたあと、貴方は車中で林檎さんを殺していたのでしょう。そして本来ならば、もともとその相手は私のはずだった」
カイは林檎の一言によって、殺すターゲットを変えざるを得なくなってしまった。恐らく、林檎は全て読んだ上で行動に移したのだ。
「林檎さんの行動や発言の意図、そしてその結果を考えれば、『不可侵の医師団』を襲撃したのは貴方としか考えられません。その考えがあっているかの答え合わせとなる証拠も、すぐに『レッド』が掴んでくるでしょう。……認めてください。貴方は財団のスパイなのでしょう?」
「縹様! こいつの言うことに耳を傾けてはいけません。でたらめもいいところです! 手元に証拠があるわけでもない! 早く、殺す指示を!」
あくまでも、カイの訴える先は水面だった。




