【アリッサ】
「いや!!離して。
レンと死ぬ」
あたしはフィリップに羽交い締めにされ、馬車の方へと引きずられた。
兵士のディルは足を罠に囚われていて、身動きができないようだった。
必死に足元の縄を切ろうともがいている。
「レン!!」
炎に包まれたレンから、どんどん遠ざかっていく。
あぁあああと泣き声が口から漏れる。
自分の声かと思えないくらい大きな声で泣き叫んだ。
「大人しくするんだ。
お腹の子どもにさわる」
フィリップはあたしを馬車の座席に座らせると、手首を窓枠に縛りつけた。
(レンが......レンが......)
涙がボロボロとこぼれ落ちて嗚咽が止まらない。
「ハンスのやつ死んだのか。
あの役立たずめ。
俺が馬を操らねばならんじゃないか」
フィリップはブツブツ言いながら、あたしの手首をロープでギュッときつく締める。
身を乗り出して、あたしの手首を固定するフィリップ。
その彼の口から突然、叫び声が漏れた。
「.......ううっ!!!」
あたしはギョッとして彼の顔を見た。
フィリップの目が飛び出している。
「な......な、ん、だと......」
フィリップは青白い顔をさらに白くして、口からは血を吐き出した。
「きゃああっ」
あたしは叫んだ。
フィリップがバッタリと倒れる。
その背中には、1本の短剣が突き立てられていた。
そして、倒れたフィリップの後ろにいたのは........。
「レ......」
あたしは驚きのあまり、言葉を飲み込んだ。
「アリッサ」
フィリップの背中を短剣で突き刺したのはレンだった。
「うそ......。レン」
レンの顔は煤で汚れ、ところどころ黒かった。
だけど、火傷はしてないようだ。
「レン!!」
なんでもいい。
レンが生きていたんだ。
あたしは嬉しくなって、彼に抱きつこうとした。
でも手首が縛られていて、抱きつけない。
「アリッサ。ほどくから、じっとして」
レンが手を伸ばそうとしたそのとき。
フィリップの姿に変化が生じ始めた。
身体が細く長く変化しはじめて、フィリップの着ていた服はブカブカになった。
「大蛇に戻るつもりだ......ヤツはまだ死んでない」
レンは慌てて、あたしの手を拘束する縄を解く。
「アリッサ、早くこっちへ」
レンに手を掴まれて、馬車を降りる。
大蛇の姿に戻ったフィリップも、あたしたちの後を追うように馬車からするりと降りた。
レンは、大蛇から守るように、あたしの前に立ちはだかった。
大蛇はあたしたちのことをにらみ付けている。
蛇の腹のあたりから、血が流れていた。
さっき、レンに刺された場所だろう。
「ありえない。
なぜ......なぜだ。レン・ウォーカー。
なぜ死ななかった」
大蛇の口から、フィリップの声が聞こえてきた。
「フェニックスの加護だ」
レンはポツリと言った。
「フェニックスが俺のもとにやってきた。
そして俺は引き戻された。
まだ死ぬには早い......そう言われたのだ」
レンはそう言いながら、腰に下がっている武器を手で探した。
でももう、腰に武器はひとつもついていないようだった。
「バカな。
フェニックスの加護は、火の魔法使いにしか与えられぬはず。
お前はもう火の魔法使いではないだろう?
しかも実際に加護が作用した事例など見たことがない......
フェニックスの加護など、ただの神話のはず......」
大蛇は絞り出すような声で言った。
レンは大蛇に向かって走り出した。
「お前は火の魔法を、俺から奪った」
そう言いながら、レンは大蛇を素手で殴った。
「だが、フェニックスの護りまでは、俺から奪えなかったのだ!!」
強く殴られて蛇の頭の部分が大きく左に振れる。
今度は蛇の腹にキックを入れ、さらに喉に肘打ち!!
そうだった。
レンは闇の森の屋敷で、毎朝フェニックスの像に祈りを捧げていた。
きっと像から離れているときも、毎日、祈っていたに違いない。
前に言っていたもの。
「フェニックスに祈りを捧げるのは俺の習慣なんだ」
って。
あたしもいつも祈ってた。
「レンをお護りください」って。
それが届いたんだわ。
「だが、フェニックスはもう、お前を護りはしない。
何度も護ってくれるほど、神はヒマじゃないからな」
大蛇フィリップはそういうと鎌首をもたげて、レンに踊りかかった。
蛇の口から、勢いよく炎が飛び出す。
レンは身体を回転させて、炎から逃れた。
シャーッ!!
蛇が牙を見せる。
すばやく鎌首を動かすと、レンの腕に噛みつこうとする。
レンは咄嗟によけると、大蛇の頭に肘鉄を食らわした。
蛇がレンの足に巻き付こうとする。
レンは、ジャンプで避けた。
「レン!!!」
後ろからディルの叫び声が聞こえた。
振り向くと、罠から脱して自由になったディルが、レンに向かって短剣を投げようとしていた。
シュッ!!!
短剣が綺麗に回転しながら宙を飛ぶ。
レンはその短剣をキャッチせずに、柄の部分を拳で殴りつけた。
レンに殴りつけられたナイフは、更にスピードを上げて、大蛇の元へと一直線に飛んでいく。
そして、大蛇の眉間に深く突き刺さった。
「やったぞ!!」
ディルが叫ぶ。
だが、大蛇は断末魔の叫びをあげながら、なおもしつこく鎌首をもたげる。
そして、レンの腕に噛みつこうとした。
「クソ野郎!!」
レンは叫ぶと、大蛇の眉間に刺さった短剣を両手で勢いよく抜いた。
蛇の血しぶきが吹き飛ぶ。
レンはその短剣で、さらに大蛇の喉を切り裂いた。
そして、そのまま短剣を垂直に持つと、蛇の首を切り落としたのだった。
はぁっ、はぁっ
レンは肩で息をしている。
「首を切り落とした......。もう生き返ったりしないはず」
レンの顔は、黒い煤で汚れ、さらには蛇の返り血もあびている。
「レン!!!」
あたしはレンに抱きついた。
「レン。大丈夫か」
ディルが心配そうな声で言う。
「大丈夫だ。
......やっと終わった」
レンは地面に座り込んだ。
呆然とした表情で大蛇の死骸を見つめる。
「レン。レン!!
ほんとうに死んじゃったかと思ったのよ......あたし......」
あたしはひざまずくと、レンにぎゅっと抱きついた。
「フェニックスがお護りくださった。
でもそれはアリッサとディルのお陰でもある」
ディルも座り込むとレンに手を伸ばした。
レンはあたしとディルをギュッと抱き寄せた。
「みて!!」
あたしは大蛇の身体から真っ赤な光が抜け出るのをみて指さした。
「あれは......」
「あれは、火の魔法だ。
俺はあれを奪われたんだ」
レンはボンヤリと、赤い光に視線をむけた。
「だったら、あれを取り戻せば、レンは、元通り火の魔法使いだな」
ディルが叫ぶ。
赤い光は、持ち主を見つけたかのように、まっすぐにレンの方へと向かってきた。
でもレンは言った。
「俺は火の魔法使いに戻る気はない」
そう言うと、彼は「赤い光の玉」を腰にぶら下げている皮の袋にしまい込んだのだった。




