【レン】
雨がやみ、ようやく晴れ間が見えてきた午後........。
俺とディルはフィリップの隠れ家付近に到着した。
「馬を茂みに隠そう」
フリントの街道に入る手前で藪の中に馬を隠した。
「ここからは走るぞ」
ディルは俺の言葉に黙ってうなずいた。
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はぁっ、はぁっ
全速力で走ったので、必死に息を整える。
街道から右へ少し入った、森の奥にフィリップの屋敷はそびえ立っていた。
(モリィに教えてもらわなかったら、絶対に分からなかったな)
俺たちは屋敷から少し離れた藪のなかに身を隠した。
「ヤツに似合いの陰気な屋敷だな」
ディルが建物を見上げながら言う。
蛇のウロコのようなスレートが一面に貼り付けられた壁。
それに漆黒のテラコッタの屋根。
ガーゴイルのオブジェが建物のあちこちに飾られていた。
「門が閉まっている。
脇の塀から侵入しよう」
塀の上には鋭利なシーフガード、「忍び返し」が設置されており、注意が必要だった。
シーフガードの先端が動脈にでも刺さったら、出血多量で死ぬ可能性もある。
慎重に塀を乗り越えた。
ディルと俺が敷地内に侵入したその時だった。
「隠れろ」
俺は小声でディルに言った。
急いで大木の裏に身を隠す。
屋敷の大きな観音ドアが開き、中からハンスがでてきたのだ。
続いて、フィリップ、それにフィリップに引きずられるようにしてアリッサも出てきた。
(アリッサ......)
「やつら、今から馬車でベルナルド領に移動するつもりなんじゃないか」
小声でディルが俺に言った。
「そうだな」
俺も小声で返す。
「俺はハンスの息の根を止めてやる」
ディルはそういうと剣を握り締めた。
ディルはタダール城の地下牢獄で、ハンスに煉瓦で頭を殴られたのだ。
そして逃げ出したハンスはウィリアム公爵を殺した......。
ディルは、そのことを恨みに思っているのだろう。
周囲に視線を走らせる。
どうやら、この屋敷には他に兵士や手下はいないようだ。
(やるなら......今しかない)
俺とディルは目を合わせると、うなずきあった。
「合図したら、なるべく大声を上げて、奴らに襲いかかって欲しい。
俺はそのスキにアリッサを奪還する」
ディルは俺の言葉を聞くと黙ってうなずいた。
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(アリッサ......。アリッサ。
俺だ。レンだよ)
大木の裏に隠れたまま、俺はアリッサを見つめて、強く念じた。
なぜか、「彼女は俺の視線に気づくに違いない」という確信があった。
(アリッサ、迎えに来た)
フィリップに腕を引っ張られ、うつむいて歩くアリッサが、パッと視線をこちらに向けた。
彼女と目が合った。
俺は彼女に向かって「シッ」と合図した。
フィリップに心を読まれないようにしてほしかったのだ。
「うらぁあああああ!!」
俺の合図とともに、ディルが叫び声を上げながら剣を振りかざし、ダッシュする。
突然のことに驚いたハンスとフィリップは、慌てて剣を抜こうとした。
フィリップは剣を抜こうとして、アリッサの腕を離したのだ!
俺はその瞬間を利用して、フィリップとアリッサの間に割って入る。
アリッサに向かって叫んだ。
「走ってなるべく遠くに逃げるんだ!」
アリッサは、素早くうなずくと走り出した。
だが、彼女のことだ。
遠くへは逃げずに、付近で俺たちの戦いを見守る気に違いない。
そのことも分かっていた。
カーン!!キン!!
剣のぶつかり合う音が響く。
ハンスとディルの戦いがすでに始まっていた。
俺は、フィリップと向かい合う。
「戦いの続きを始めようぜ?」
静かにヤツに向かって言った。
「しつこい奴だ。レン・ウォーカー
焼き尽くしてくれるわ」
フィリップは剣を構えると俺に向かってきた。




