【レン】
「モリィ、お願いだ。
顔を見せてくれ」
俺は馬から降りると、フクロウの止まる木の枝に近づいた。
ディルは黙って俺の様子を伺っている。
「ご主人様......」
フクロウの背中のほうから、モリィの困ったような声が聞こえてきた。
「か、顔だけなら」
フクロウの背後から、モリィが顔をひょいっとのぞかせた。
「モリィ」
顔色が悪い......。
それに、小さく震えている。
俺は手を伸ばし、彼女の小さな額に指先をそっと触れさせた。
モリィは嬉しそうに目を細めた。
(熱はないみたいだ。
どうしたんだろう......まさか)
いつになく元気がないモリィの表情が気がかりだった。
「ご主人様......ちょっと具合が悪いだけです」
モリィの肩をつかんで、そっと自分の手のひらに座らせた。
そして彼女の全身を目にして、俺は絶句した。
「モリィ......これは......」
モリィの美しかった七色の羽はやぶけ、粉々になっていた。
妖精にとって羽を痛めれば、命を失うのと同じこと。
これだけ大部分の羽を失えば、やがて生命の灯火が失われてしまう。
モリィの命はあとわずかしか持たないと思われた。
「フィリップにやられたんだな?」
低い声でモリィに聞く。
「あれは......邪悪な生き物です。
羽を狙い、し、死の恐怖を与えた......。わざとです。
ひ、ひと息に殺すなどという、......慈悲はないのです」
「モリィ。
聞くんだ。
あいつの生き血を飲めば、よみがえことが出来る。
俺と一緒に行こう」
手のひらに乗せたモリィに必死に呼びかけた。
モリィは小さく首をふる。
「ご主人さまと馬で向かう......。
それでは大蛇の......や、屋敷までモリィは持ちません。
モリィは、今から故郷に......
故郷であれば、ここから近い。
コピーに乗せてもらえま.....す。
故郷のシャーマンのところへ行きます。
そこで、できる限りの治癒.......をうけ.....ます」
「でも!!」
いつの間にか、自分の目から涙が流れていることに気づいた。
「故郷に帰ります......。
泣かないで。ご主人様。
モリィはずっと幸せでした。
いままで......ありがとうござい......ます」
モリィは俺の人差し指の先を両手でしっかりと掴んだ。
レザナスの街で小さな檻に閉じ込められ、泣いていたモリィ。
孤独に生きる、俺の味方になってくれたモリィ。
いつも明るい気持ちにさせてくれて、元気をくれた。
タダール城でだって、モリィがいなければ、計画は頓挫していたかもしれない。
どれだけ、俺の力になってくれたかしれなかった。
「モリィ、絶対に死なないでくれ」
これ以上、モリィをここに留め置けば、彼女の命が危険だった。
「ご主人様もご無事で」
「すべてが終わったら、モリィの故郷に迎えに行くから」
モリィは俺の手のひらの上でコクリと頷いた。
「待っています。ご主人様。モリィはいつまでも待っています」
モリィは、つかんでいた俺の指を離した。
コピーの背中にモリィをそっと乗せる。
フクロウのコピーは、すべてを見通しているかのような静かな目で俺をじっと見つめると、サッ、と枝から飛び立った。
こぼれ落ちる涙を拭う。
「俺は、フィリップを許さない」
いつの間にか馬から降りたディルが、俺の肩を叩く。
「あの妖精......きっとシャーマンが助けてくれるよ」
ディルはそう呟くと、俺の背中をさすった。
「ありがとう、ディル。
命がけで知らせに来てくれたモリィのためにも、先を急がなければ......」
馬にまたがる。
必ずヤツの息の根を止める。
俺はそう強く決心した。




