【レン】
俺とディルは、ルーベルの街でフィリップたちの捜索をした。
街じゅうの宿屋を調べた。
部屋のドアをすべて開いて、宿泊客の顔をこの目で一人ひとり確かめたのだった。
だが宿泊客のなかにフィリップはいなかった。
馬車も無いし、痕跡も見つからない。
「フィリップはルーベルに寄らなかったんだ」
そんな確信が俺のなかで次第に強くなっていった。
「俺の判断ミスだ」
馬にまたがりながら、ディルに言った。
「レン。
仕方がない。
土砂降りで車輪の跡も定かではなかったんだし」
ディルが、首を横に振ってそう言った。
「いや、俺が悪い。
今思えば、二手に分かれて探すということもできたのに。
俺が先に進み、ディルがルーベルの街を調べるというやり方だ。
ちきしょう!」
「もう過ぎてしまったことだ」
ディルは慰めるように言った。
「確かに、今さら言ってもどうにもならないことだが......。
今はとにかく、ベルナルド領へ向かう道を進もう。
少しでもアリッサとの距離を縮めたい」
馬の腹を蹴ると、俺たちは全速力で走り出した。
時間が経てば経つほど、イライラと気持ちが焦る。
焦りが出れば、この先も判断ミスが続く可能性がある。
さっきからずっと、嫌な予感が胸を渦巻いていた。
手綱を握りしめる手が震える。
(アリッサ......。いま助けに行くからな)
とにかく落ち着かなければ。
大きく深呼吸して気持ちを集中させた。
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「あれはなんだ?」
うしろを走っているディルが大きな声を出した。
「えっ!?」
物思いにふけっている俺と違い、ディルは周囲の様子を冷静に見極めてくれていたらしい。
振り返ってディルの方を見ると、ヤツは空を指さしていた。
「あれだ!黒いものがこちらに向かって一直線に飛んでくる」
ディルが指差す方向に目をやった。
雨が降り続く薄暗い空に、黒い塊が見える。
その塊は、ゆっくりと近づいてきていた。
「フィリップの仕込んだ刺客かもしれない!」
ディルに警告すると、馬上で剣を抜いた。
(なんだ?鳥か)
黒い塊は、よくみるとフクロウだった。
フクロウは馬を走らせる俺たちと並走するように脇を飛んだ。
そのフクロウから、聞き覚えのある声がして、俺は思わず馬のスピードを落とした。
「ご、ご主人様......私でございます」
フクロウの背中から、呼びかけてくる声は妖精のモリィのものだった。
「モリィ!?どうしたんだ!?フクロウに乗るなんて」
驚いて、馬の歩みを止める。
自分の羽で飛べば、地上のどの生物よりも高速で移動できるはずなのに。
モリィは、何故わざわざ、フクロウの背中に乗っているのか。
「ア、アリッサのことでお話が」
「アリッサ!?
聞かせてくれ!!」
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モリィはいつも日が暮れると、陰鬱なタダール城を離れ、森の中で羽を休めることにしていた。
昨日は、夕刻に俺の姿が馬小屋にいなかったので、不審に思った。
だが、なにかで忙しいのだろうと思い直し、いつも通りタダール城を離れたということだった。
「このフクロウは......コピーと言います。
森で知り合った......友だち......」
「うん......。それで?」
モリィの喋り方に元気がないのが気になった。
だが話の続きが聞きたくて、俺は先を促した。
「モリィは、タダール城からかなり離れた森......にいました。
タダール城からはなるべく離れていたかったので......」
「そうだろうな。分かるよ」
俺はフクロウに向かってうなずいた。
モリィはタダール城の陰鬱な雰囲気を嫌っていたのだ。
フクロウは木の枝に止まってじっとこちらを見ている。
まるでフクロウが喋っているかのように、モリィの声が聞こえてきた。
「昨夜......いつものようにコピーの巣で寝ていたら......馬車が来て......。
タダール城から醸し出されるのと同じ、おぞましい臭いがしました......。
そして馬車からはアリッサの匂いもしました......」
「それで、モリィは馬車のあとをつけてくれたんだな?」
「はい。
アリッサはいま......フリントの街道を東に入った先の屋敷に囚われて......おいでです」
「ありがとう!!モリィ。
手がかりがなくて困っていたんだ」
俺はフクロウに向かって、大声で言った。
「フリントの街道......だいぶ先だな」
ディルがそう言いながら俺に目配せする。
「モリィ......ほんとに助かった。
でも様子が変じゃないか......俺に姿を見せてくれないか?」
モリィの様子がおかしい。
なぜ、自分の羽で飛ばないのか。
いつもなら、俺の周りをヒラヒラと飛び回るのに。
「ご主人様、褒めて下さい!!モリィは敵を見つけたんです」
そう言って、キラキラした目で俺の周りを飛び回るはずなのに。
「モリィのこと......は、いいのです......。
は、はやくアリッサの元へ」
「ダメだ!モリィ、顔を見せてくれ」
俺はフクロウに向かって叫んだ。




