【レン】・【アリッサ】
【レン】
肩のぱっくりと開いた傷を布でキツく締める。
しっかりと止血すると、やがて気分の悪さがおさまってきた。
「レン......本当に大丈夫なのか」
ディルが心配そうに俺を見る。
「大丈夫だ。
止血したら目眩がなくなった」
馬にまたがりながら、ディルに言った。
馬車で逃亡したフィリップのあとを、馬で追うつもりだった。
「ディル。着いてこなくて良いんだぞ。
パトリック・ベルナルドの側にいて、彼の補佐をしないと。
お前は彼の家臣なのだからな」
「いいんだ!
俺はレンの側にいたい。
それにパトリック様も、アリッサお嬢様の奪還を願っていらっしゃるようだった!」
ディルはそう言うと、側にいた葦毛の馬にひょいとまたがった。
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俺たちはタダール城を出発するのに少し遅れを取った。
なぜなら傷の手当や、血でなまくらになった剣の取り替え、食料を袋に詰め込む必要があったからだ。
準備無しで遠出すれば、命を落とす。
死んでしまっては意味がない。
それでも、すぐにフィリップのあとを追い始めた。
だがフィリップが乗った馬車は、だいぶ先に行ってしまったに違いなかった。
街道の分岐点で、俺は馬を降りた。
「どっちに行ったか分かるか」
ディルが不安そうに馬上から俺にたずねる。
「こっちだ。はっきりと馬車の車輪の跡が残っている」
幸い、湿り気のある田舎道にはハッキリと車輪の跡が残っていた。
この分なら、見失うこともないだろう。
「こっちの方向......。
もしかして、やつらは、ベルナルド領に向かってるんじゃないのか」
ディルが遠くを睨むようにして言う。
「そうだな。その可能性が高い。
だがアリッサを連れて休み無しで、一気にベルナルド領に入るのは無理だろう。
どこかで休みを取ると思う。
途中の街か......それとも野山で休むだろうな。
俺はそこを狙う」
ディルは俺を見ると黙ってうなずいた。
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土砂降りの雨が降ってきた。
俺とディルは馬の腹を蹴ると、足を早めた。
「分かれ道だ。
ベルナルド領にむかうなら、左だが......。
ルーベルの街で休みを取るなら、右に進んだ可能性もある」
馬から降りると、ぬかるんだ道にしゃがみこみ、車輪の跡を確かめる。
だが、叩きつけるような激しい雨のせいで、車輪の跡が消えていた。
おまけに、不運にも複数の馬車が通り過ぎたようで、どれがアリッサの乗っている馬車なのか判然としない。
「どうする......レン」
ディルも馬から降りると、痕跡をたしかめて眉を寄せている。
「右だ......。右に行ってみよう。
ルーベルの街へ.....」
ディルにそう言った。
それが間違った選択だとは、そのときは思いもしなかった。
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【アリッサ】
「ひでぇ雨だ」
御者台で馬を操るハンスが、叫んだ。
「ハンス......。
なぜ止まった?レン・ウォーカーが追ってきているかもしれない。
先に進まなければ」
「ですが、フィリップさま。
この雨で馬車の車輪の跡も消えますでしょうぜ」
「だが、ベルナルド領へ向かっていることは、見破られているだろう。
今追いつかれたら困る」
フィリップは焦りを見せていた。
(フィリップがこんな表情を見せるなんて珍しいわ。
きっとレンのことが怖いのね)
フィリップはあたしの方をチラッと見ると言った。
「俺はレン・ウォーカーなど恐れていない。
次に奴に会ったら、炎の魔法で骨まで溶かしてやる」
(心を読まれてしまった!)
だがもう、フィリップに隠すことは何もない。
あたしは、彼をにらむとプイッとそっぽを向いた。
「フィリップ様......分かれ道に差し掛かったんです。
右に進んで、ルーベルの街で一休みしませんか?
良い宿を知ってるんです」
フィリップは首を横に降った。
「いや。
ルーベルの街には寄らない。
左へ進むんだ」




