【レン】潜入成功
「なぜ、火の魔法使いのお前が......私の屋敷の兵士になりたいと言うのだ......?
アリッサとなにか関係があるのか」
そう問われて、俺は黙り込んだ。
なんと答えるべきか分からなかったのだ。
大蛇がアリッサを狙っているから見張りたい。
......そのように、正直に説明すべきだろうか。
だが言えなかった。
アリッサはベルナルド家の令嬢だ。
そして、ベルナルド家には他に跡取りはいない。
そんなアリッサが「大蛇に狙われている」となれば、花婿が恐れをなして来なくなってしまうだろう。
つまり彼女が「傷もの」になってしまうのだ。
いま、周囲にはアリッサの花婿候補が集まっている。
大蛇のことは、少なくともこの場では言ってはいけない。
このなかに大蛇が紛れ込んでいる可能性もあるけどな。
俺は広間の招待客にすばやく目を走らせた。
さっきから俺に突っかかってくる、太っちょの男。
壁際に立っているニヤニヤ笑いが気になる赤毛の男。
それに、無表情で俺のことを見ている神官の礼装を身に着けた、銀髪の男。
年齢から言って、こいつらが花婿候補なのだろう。
どいつも......いけ好かない野郎だけど。
俺は、アリッサのことを自分の子どものように大事に思っている。
彼女と出会ったときからそうだ。
俺の大事な大事なアリッサは、立派な人間の男と結ばれて、幸せにならなければいけないのだ。
大蛇に狙われているなんてことが、世間に知れ渡ってしまったらダメなんだ。
「アリッサは関係ない。
俺はベルナルド家を......パトリック卿、あなたを尊敬しています。
この名家を守りたい」
ベルナルド家についてなにも知らないくせに、俺は口からでまかせを言った。
俺が当主の前でひざまずいたままそう言うと、大広間の招待客はさらにザワザワしだした。
「どういうことだ?」
「なにか狙いがあるに違いない」
「北部を乗っ取るつもりだ!!」
太っちょが俺を指さして叫んだ。
つくづく腹立たしい男だ。
「乗っ取るつもりなんかない。
乗っ取るのなら、もうとっくに自分のものになっている!」
俺は太っちょに向かって吠え返した。
ついつい売られたケンカに乗ってしまう。
「パトリックさま......」
そばに控えていた老人がうやうやしく、俺のとなりにひざまずいた。
シワの深い仙人のような老人だった。
おそらく、当主の右腕として働く、家老の一人だろう。
「タダール城で不穏な動きを目にしております。
大陸を統治するゴダール閣下のご病気も気になるところ。
いま、火の魔法使いを味方にできるのは大きな戦力になるかと......」
「うむ」
パトリックは頬杖をついて考え込んでいる。
「......いいだろう。
ただし、お前の杖は預からせてもらう。
この屋敷内では、魔法は禁ずる」
「ありがたき幸せ」
俺はさらに深く頭を垂れた。
どうせ俺は魔法は使えない。
杖と離れるのはとても寂しかったが、仕方がない。
うまくいった。
アリッサの屋敷に潜り込むことができたのだ。