【アリッサ】・【レン】
【アリッサ】
「ハンス、良くやった」
フィリップはあたしを拉致した男の肩を、ポンポンと叩いた。
あたしは、ハンスにナイフを突きつけられたまま歩かされていた。
「フィリップさま!その足の傷は......」
ハンスが、フィリップに話しかける。
フィリップは両足に傷を負い、血を流していた。
「レン・ウォーカーにやられた。
だが大したことはない。
数時間もすれば治る。
俺は死の淵にいる者を蘇らせる血を持っているのだ。
当然、自らの傷も癒やすことが出来る.....ハハハ」
フィリップは傷を負っても、いずれ治ってしまうんだわ。
あたしは心底がっかりした。
でもレンは、フィリップに致命傷を与えることが出来た。
倒すまで本当にあと少しだった。
それなのに、あたしが捕まったせいで、また振り出しに戻ってしまった。
アンナの死に顔が脳裏に蘇り、悔しくて涙が溢れ出る。
思わずフィリップの背中にむかって、あたしは大声を出した。
「どこへ行くつもりなの?
兵士も全滅した。逃げ場はないのよ?」
だが彼は平然とした声で
「馬車でベルナルドの領地へ行く。
あそこにも兵士と腹心の部下を配置しているんだ」
と答えた。
「ベルナルドの......領地......」
あたしは息を飲んだ。
「そうだ。アリッサ、お前の故郷だ。
嬉しいだろう」
あたしは首を横に振った。
どこに行ったって、フィリップといっしょにいる限り身の毛のよだつ思いしかしない。
「フィリップ。
私を殺しなさい。
あたしはいつまでも、あなたに抵抗する。
レンだって、またあなたを追いかけてくるわ。
だから、あたしを生かしておくことは、あなたにとって危険なだけよ?」
死んでしまったアンナ。
傷ついた兵士や使用人たち。
それにレン......。
もうこれ以上、人を巻き込みたくない。
いっそのこと、あたしを殺して欲しい。
本気でそう思った。
「子どもを産んでほしいなら、喜んでそうしてくれる女性を探したらいい!
きっと探せば見つかるはずだわ!」
あたしは吐き捨てるように言った。
フィリップはにやりと笑うとあたしの顔をじっと見た。
彼の冷たい手が、あたしの頬に触れる。
「アリッサ......自分の価値が分かっていないんだな。
賢く、美しく、勇敢......そして人々を引き付けるカリスマ性もある。
そんなお前の血を、私は欲してるのだ。
お前の血と、私の血を持つ子どもは、この世の王になる素質を持つであろうことは間違いない。
他の女じゃだめなんだよ」
「あたしは、そんなんじゃない」
彼から顔を背けた。
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アリッサ......俺の大事なアリッサがまた連れて行かれてしまう......。
追いかけようとしたが、足の力が抜けその場にしゃがみ込む。
眼の前がかすむ。
どうやら、肩に受けた傷は思ったより深かったのかもしれない。
急激に血を失ったせいでめまいと頭痛がし始めた。
「レン!!だいじょうぶか。
勝った!!!俺たちの勝利だ」
ディルが俺に近づいてきた。
だが、俺は、ゆっくりと遠ざかるアリッサとフィリップ、それにハンスから目を離さなかった。
「レン?聞いてるのか。城を奪ったんだ。
神官フィリップは逃げ出した。後でゆっくり首を跳ねればいい。
あいつの足には深い傷を負わせたしな」
「アリッサを奪われてしまった」
「アリッサお嬢さま......。
奪われたが、仕方がない。勝利の代償だ」
ディルが言う。
俺は、ふらりと立ち上がると思わずディルの胸ぐらをつかんだ。
「俺にとっては、これは勝利とは言えない」
「レ、レン......」
ディルは目を丸くしている。
パトリック・ベルナルドが俺たちの側にやって来た。
「よくやってくれた。
火の魔法使い、レン・ウォーカー
兵士のディル・ブラウン......」
「パトリック様!!」
ディルは、パトリックの前でひざまずくと深く頭を垂れた。
「アリッサが奪われてしまった。
後を追わなければ」
俺はパトリックに向かって叫んだ。
「分かっている。だが君は傷を負っているではないか」
パトリックは俺の肩に視線をやる。
「大丈夫だ」
俺はそう言うと、ふらふらと歩き出した。
「くそっ。
レン......。俺も行く」
ディルが俺の肩を支えた。




