【アリッサ】・【レン】
【アリッサ】
あたしは、北の塔に囚われていた女性や老人たちとともに地下牢獄に隠れた。
地上から兵士たちの怒号や叫び声が聞こえる。
レン......。
彼の笑顔や手のぬくもりを思い出して、苦しくなる。
やっと彼と再会できたのに、また離れ離れなんて。
レンが生きていたことが分かって、とても嬉しかった。
それなのに彼はまた、生きるか死ぬかの戦いに身を投じている。
せっかく彼と再会できたのに、また失うかもしれないなんて。
彼のことが心配で......不安が胸をうずまく。
ミナの正体が実はレンだった......というのは、本当に驚いた。
あの可愛らしいミナの姿......大きな目や白い肌を思い出す。
レンの面影はあったし、彼女の仕草は、まるで男の子みたいだった。
でもまさか、その正体がレンだなんて......考えもしなかった。
彼はあたしを救うためにわざわざ女の子に変化していたんだわ。
女に変身して、それこそ命がけで城に潜入したのよね。
それなのに、あたしは
「教えてほしかった。
レンは死んでしまったのかと思って毎日泣いていたの」
と情けないことを言い、彼を責めてしまったのだわ。
感謝こそすべきなのに。
あたしはバカだわ。
レン。
お願い、無事でいて。
無事に戻ってきたら、彼にたくさんお礼を言おう。
彼に「ありがとう」って。
あたしを救いに来てくれて......見捨てないでくれて「ありがとう」って。
お願い、無事で戻ってきて。
あたしは神に祈った。
でも祈っているだけで良いの?
戦いの役に立つようなこと......あたしにも何か出来るはずだわ。
「アリッサ、どうしたの」
ソワソワしているのに気づいた母が、あたしに声を掛けた。
「あたし......。
戦いの役に立ちたい。
こんなところで隠れていたくないの」
「アリッサ、気持ちは分かるけど、いま出て行っても命を失うだけよ?」
母は落ち着かせるように、あたしの背中を撫でながら言った。
「でも......あたしにも出来ることがありそうなの」
あたしは母に、自分の考えを言ってみた。
「そんなこと......とても危険だわ。
パトリックに......お父様や、あの火の魔法使いに、戦いは任せておきなさい」
「いやよ。少しでも出来ることがあるのに、こんなところに隠れていたくない」
あたしは立ち上がった。
「アリッサ。
あなたは、一度決めたら言うことを聞かない。
小さい頃からそうだった」
母も立ち上がると、あたしの頬をそっと撫でた。
「分かったわ。でも必ず戻ってきて」
母はあたしの手をそっと握ると、そう言った。
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あたしは地下牢獄から、外へ出た。
見張りの兵士は、あたしの姿を見てびっくりしていた。
でも「すべきことがある」と言ったら、納得して行かせてくれた。
兵士たちは、城の敷地内......中央部で戦いに夢中になっている。
地下牢獄のあたりには、人っ子一人いなかった。
そのとき、城のほうで「ドォーン」という爆発音が響いた。
(火の魔法!?)
驚いて、爆音のしたほうに目を向けた。
フィリップね。
彼が現れて、レンから奪った「火の魔法」を使っているんだわ。
早くしないと。
あたしは、ドレスの裾を引き裂いて動きやすい長さにすると、走り始めた。
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【レン】
背後にはそびえ立つ北の塔。
正面には、フィリップ率いるタダール兵がおそらく20数名......。
仲間たちは、10数名しか残っていない。
(まずいな。このままだと)
フィリップが手を振り上げた。
「......!攻撃が来るぞ!!」
火の玉の落ちる方角を仲間に伝えようと、フィリップの腕の動きを目で追う。
しかしヤツは、攻撃の方向がバレないように腕を動かさずに魔法を放った。
「どこに飛ぶかわからない!
気をつけるんだ!」
俺は仲間たちに叫んだ。
ドォーン!!
大きな爆発音とともに、地面が揺れる。
「うわぁああああ」
仲間の数人が、火の玉の軌跡を読み間違えてしまった。
業火に焼かれ、叫び声を上げる。
(生きた人間に、あの業火を浴びせるとは......残酷すぎる)
俺はフィリップをにらみ付けた。
(くそ。このままでは、全滅してしまう。
一か八か、フィリップのもとへ突撃するか)
俺が剣を握り締めたとき、フィリップが次の攻撃の手を挙げた。
「さぁ......。お遊びもお終いだ。
次で全滅だな!」
(まずい!)
そう思った瞬間だった。
シュッ!!
背後の北の塔。
上階の回廊から、弓矢が一斉に放たれた。
弓矢のひとつは、見事、敵兵の眉間に貫通する。
それに、鍋やフライパン、刃物や花びんなどがつぎつぎと上から落ちてくる。
すべて、敵兵やフィリップに向けての攻撃だった。
「くそっ!?なんだ?」
上から落ちてくる鍋や煉瓦を避けるのに必死で、フィリップは火の魔法を放てない。
兵士たちの中にも、頭に落下物があたって気を失うものが続出した。
(一体、誰が!?)
塔の回廊をみあげる。
侍女や料理人、それに掃除夫......使用人たちの姿が見えた。
使用人たちが必死に、石や煉瓦を上から放り投げているのだ。
そしてその使用人たちの中に、アリッサの姿が見えた。
(アリッサ!?アリッサだ!!)
驚いた。
地下牢獄に隠れていてくれと言ったのに。
アリッサは、使用人たちからの信頼が篤く、みなアリッサを好いて尊敬している。
おそらくアリッサは、使用人宿舎に行き、「一緒に戦って欲しい」とみんなに声を掛けたのだろう。
そして北の塔に登り、上から物を投げる攻撃をしている。
(アリッサ......)
「くっ......。アリッサ!!ここに降りてくるんだ。
今なら許してやる。
お前が降りてこないなら、ここにいる連中を丸焼けにするぞ」
フィリップもアリッサに気づいたようだ。
塔に向かって叫んだ。
アリッサは、返事の代わりに弓を構えると、フィリップに向けた。
弓矢は、フィリップの頬を傷つけたが、致命傷は与えられなかった。
(チャンスだ......今しかない!)
俺は拳を握りしめると、フィリップのもとへと突進した。




