【レン】
順調だ。
あらかじめディルに見張りの兵士の配置について聞いておいたのが功を奏した。
見張りをうまく避けるようにして、城の中を歩く。
厨房の裏口へと向かった。
裏口から城の外へと出る。
空には青白い月がかかっていた。
「どこへ行くの?
北の塔?」
アリッサが小声で俺に聞いた。
緊張した表情をしている。
「まずは地下牢獄に向かう。
そこに協力者が二人、俺たちを待っているんだ」
ようやく自分自身の姿で……レンの姿でアリッサに会うことができた。
アリッサは戸惑って混乱しているようだけど。
隣にアリッサがいて、俺は幸せな気持ちでいっぱいだった。
ずっと抱きしめていたい。
もう離さない。
だが気を引き締めないといけない。
とにかく今は、これから起こることに集中しないと。
……… ……… ……… ……… ……
「ディル?!」
アリッサとともに地下牢獄に到着。
誰にも見つからなかった。
(これは案外、簡単に終わるかもしれない)
そんな風に油断した矢先だった。
ディルが頭から血を流して倒れていたのだ。
「ディル?ディル?」
耳元で大声で呼びかけるとヤツは
「う……」
と唸りながら頭を抑えて起き上がった。
「大丈夫か。
何があった?
ハンスは……?ハンスはどこへ行った」
「レン。すまない。
あのハンスって男は、見た目が痩せて弱々しいから、つい油断してしまった。
あいつに突然、レンガで殴られた」
「くそっ……あいつ。
どういうつもりなんだ」
「とにかく俺たちは、北の塔に行かないと。
ウィリアム公爵や北の塔のみんなに呼びかけよう。
反撃の狼煙を上げるんだ」
ディルとアリッサはうなずいた。
…………………
ディルと俺は、北の塔の前に立つ兵士を片付けた。
ディルは副隊長なので、兵士たちは油断する。
反逆者だとバレていない限り、倒すのは楽勝だった。
俺たちは、深夜の静まり返った塔の階段を駆け上がった。
「あたし、両親の部屋に行ってくる。
戦いが始まることを伝えてくるわ」
アリッサが、はぁ、はぁと息をあげながら俺の腕を引っ張った。
「わかった。
それなら、ディル。お前はアリッサと行動をともにしてくれ。
アリッサを守ってくれよ
みんなを束ねたら塔の外に集合だ」
「分かった。
もうヘマはしない」
ディルはうなずいた。
アリッサと離れるのは不安だったが、手分けした方が時間効率も良いだろう。
…………………
「やられた!」
ウィリアム公爵の部屋に足を踏み入れた。
その途端、俺は息を呑んだ。
ウィリアム公爵は血の海の中に倒れていたのだ。
「そんな……どうして
公爵が」
「うっ」
まだかろうじて息があった公爵が俺の手をつかんだ。
「公爵!ウィリアム公爵!
一体、何があったんですか」
「ハンスに……。
ハンスにやら……れた」
公爵はそう言うと、こときれた。
目に光がなくなっていく。
「ハンス……」
そういうことだったのか。
胸に後悔の念がふりつもる。
ハンスを少しでも信用した自分がバカだった。
あいつは苛烈な拷問に耐え切れず、すでにフィリップの側に寝返っているのだろう。
俺が牢屋に捕まったときに、ヤツが隣の部屋にいたのも偶然では無い。
ヤツは俺の正体を探るために、隣の部屋に入り、同じ囚人のふりをして俺から情報を聞き出そうとしていたのだ。
戦時中、敵がよくやる作戦だ。
拷問で口を吐かせるよりも手軽なのだ。
油断した。
ハンスは大蛇フィリップのもとへ走ったはずだ。
はやく戦いの体制を整えなければ。
しかし、ウィリアム公爵という大きな駒を失った痛手は大きかった。




