【アリッサ】ミナの正体は
やるしかない。
生きていたって地獄なんだもの。
ドクン、ドクンと心臓が早鐘を打つ。
あたしは震える手でナイフを自分の心臓に突き刺そうとしていた。
心臓の位置を確かめるように何度も胸にナイフを当ててみる。
さようなら。
お父様、お母様......。
ミナ......ごめんなさい......。
胸にナイフを突き刺す。
切っ先が胸にあたったそのとき......何かがフワッと光った。
光とともに、白い粉が舞い散る。
あたしは粉を吸い込んでしまい、ゴホゴホと咳き込み、思わずナイフを手放した。
(これは......)
白い粉の正体は、服の内側に入れていた「干からびたトカゲのお守り」だった。
トカゲにナイフの先があたり、粉々になって粉が舞い飛んだのだ。
レンからもらった、お守りだった。
トカゲは粉々になってしまったけど、あたしの胸は無傷だった。
(トカゲがあたしを守ってくれた......?)
ベッドに散らばった白い粉を手で集める。
思わず涙がポロポロと流れ落ちる。
(だけど......お守りはもう壊れた。
レンがくれたお守りが......)
ドン!!ガシャン!!
「お前は!?」
呆然としていると、突然、バルコニーの方から音がした。
バルコニーにも一人、兵士が見張りに立っているはずだった。
(なにかしら)
気になってバルコニーへとむかう。
カーテンを引いて外を覗いてみた。
「ミナ!?」
うそ!?
ミナがどうしてここに?
驚いて息が止まるかと思った。
外には、兵士に馬乗りになって、その額にナイフを突き刺そうとしているミナがいたのだ。
兵士は抵抗していて、ミナの手首をつかんでいる。
兵士のほうが力が強い。
馬乗りになっていたミナは、兵士に突き飛ばされナイフを奪われてしまった。
「どこから入りやがった!
この女!殺してやる」
兵士はそう言うと、バルコニーの床に尻餅をついたミナに、剣をふりかざした。
「ミナ!!あぶない」
あたしは叫んだ。
そして自分の命を断つために持っていたナイフを握りしめ、兵士に突進する。
背後から、彼の背中にナイフを突き立てた。
無我夢中だった。
兵士はナイフを突き立てられ、床に倒れ込んだ。
「ア、アリッサ......!!」
ミナは目を丸くしている。
震えながら立ち上がろうとする兵士を、ミナが慌てて抑え込んだ。
「アリッサ、こっちを見ないほうが良い」
そういうと、兵士の喉元をナイフで素早く切った。
「ミナ......どうして......。
どうやってここに.......。
あぁ、あたし、人を殺してしまった」
「アリッサ、大丈夫だ。
殺したのは俺だ。アリッサじゃない」
ミナはあたしに駆け寄ると、ギュッと抱きしめてくれた。
優しく頭を撫でてくれる。
まるでレンみたいに。
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「けっこう物音を立ててしまったけど。
外の兵士にはバレてないみたいだな」
ミナは、部屋のドアの方へと視線を送る。
ドアの外には二名の兵士が見張りに立っている。
「大丈夫......だと思うわ。
それにしても信じられない。ミナが無事で良かった」
あたしは彼女の頬をそっとなでた。
ミナは顔を赤くすると目を逸らした。
「拷問されそうになった。
でもなんとか逃げてきたんだ。
.......アリッサ、謀反を起こそうと思う。
危険だし、命の保証はないけど、アリッサのことは俺が全力で守る。
一緒に行動してくれるか?」
「うれしい。もちろんよ」
あたしはミナに抱きついた。
彼女の柔らかくてツヤツヤの黒髪を撫でる。
「あっ......」
ミナが不意に小さく叫んだ。
なぜか彼女は、自分の手足をじっと見ている。
「薬が切れる......もとに戻りそうだ」
ミナが呟く。
「薬?薬ってなに?......ミナ、どうしたの?」
あたしは彼女の様子に不安になって、たずねた。
「アリッサ......言わなきゃいけないことがある。
俺は......俺はミナじゃないんだ。
ごめん......でも隠しているしか無かった。
フィリップにバレるとすべてが終わるから」
「えっ......なにを言ってるの......ミナ」
あたしは、彼女の行っていることが理解できずに首をかしげる。
「俺は......」
ミナの身体が少しずつ大きくなっていくような気がした。
「ミナ......なんだかおかしいわ」
あたしは彼女の両肩に手をおいていたのだけど、その肩の位置がどんどん上にあがっていく。
彼女の身体が......徐々に大きくなり、肩や足はがっしりした男性のものに変化していく。
「うそ......そんな」
息が止まった。
驚きすぎて心臓もたぶん止まってしまったような気がする。
ミナは......ミナの姿は男性の姿にすっかり変わっていた。
おそるおそる顔を見上げる。
「レン!!うそ!!レンだわ」
きれいな黒髪に、吸い込まれそうになる漆黒の目。
眉を上げてあたしの顔をのぞきこむ優しい表情。
「ど、どうして......。うそ......」
あたしは足の力が抜けて、その場に座り込んだ。
「アリッサ。本当にごめん。
俺を許して欲しい」
レンは、しゃがみ込むと、あたしに目線を合わせた。
「レン!!」
あたしは彼の首に抱きついた。
「レン.......なにがなんだか、分からない。
ミナは......ミナがレンだったの?
どういうことなの!?」
あたしは泣きじゃくりながら彼にしがみついていた。




