【レン】_後悔と行動と
ベルナルド家の当主のまえで、膝をついて頭を下げた。
「俺をここの兵士として雇って欲しい」
ストレートに自分の要望を当主に伝えたつもりだった。
なんとしてもこの屋敷に入り込む必要があったからだ。
しかし、当主は驚いた顔をして黙り込んでいる。
それまでザワザワとしていた招待客たちも、シンと静まり返っている。
(......あれ。俺、なんかマズイこと言ったかな)
広間は沈黙が続いていた。
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5年前。
アリッサが去ったあと、俺は孤独と寂しさで呆然とした。
だが、ハッと我に返る。
俺は......とんでもないことをしでかしたかもしれない。
やがて、自分の中にそんな不安が大きくなってきたのだ。
アリッサは、あの高熱で死ぬ運命だった。
それを俺は「大蛇の生き血」の魔力で無理やり彼女を生きながらえさせた。
不自然なことをしたのだ。
だから彼女の運命はどんどん不吉なものになっていくのではないか。
その証拠に、このままだと将来アリッサは大蛇の子を成すのだ......。
その事実にゾッとして頭を激しく横にふる。
彼女にしてみれば、大蛇と関係を持つくらいなら「熱で死んだほうがマシ」だったんじゃないか。
俺が彼女のことを愛おしく思うばかりに無理やり寿命を引き伸ばした。
俺は彼女の了承なしに、とんでもないことをしてしまったのだ。
身勝手で、自然の摂理に逆らう行為......。
だが「やってしまったこと」はもう......くつがえせない。
それに、俺はあのとき、彼女に死んでほしくなかった。
心の底から、彼女を失いたくなかったんだ。
唯一の残された道は大蛇の命を断つこと。
そうすれば全て丸く収まる。
さっそく俺は大蛇の住む洞窟へと再び出かけた。
魔力を失い、ただの人間になってしまったので、心もとなかったがやるしかなかった。
しかし、住処である緑の洞窟から、ヤツは姿を消していた。
(くそっ......どこへ行きやがった)
それから5年。
俺は仲間の魔法使いから情報を得るなどして、大陸の各地で大蛇を探し続けた。
唯一得られた情報は......やつは人間に化け、どこかの組織に潜り込んだのではないか、ということ。
人間に化けた......。
それでは、どこにいるのか全く見当がつかない。
最近、急に頭角を表し始めた人間で、不思議な力を持つものはいないか。
蛇のように冷酷でずる賢い人間はいないか。
各地の街で聞き取りを行ったが、手がかりはなかった。
やつは、5年後にアリッサに近づくはずだ。
ここ半年ほど、俺はベルナルド家の付近に宿をとって生活していた。
ベルナルド家に新たな人間の出入りがないか。
怪しい人物が出入りしてないか。
それを見張っていたのだ。
やがてアリッサの誕生日パーティが開かれるという噂を聞いた。
花婿として名乗りを上げている男たちも招待されるらしい。
花婿......。
もしかしたら、その花婿候補のなかに、大蛇が紛れているんじゃないのか。
ちょうど、あれから5年じゃないか。
そろそろヤツがアリッサに接近しても良い頃だった。
いてもたってもいられなくなった。
アリッサのそばにいて、彼女を見張ろう。
ベルナルド家の屋敷へ入り込むんだ。
兵士としてなら雇ってもらえるんじゃないか。
そう考えたのだった。
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「なぜ、火の魔法使いのお前が......私の屋敷の兵士になりたいと言うのだ......?
アリッサとなにか関係があるのか」
当主のパトリック・ベルナルドは、低い声で俺にそう尋ねた。