【レン(ミナ)】・【アリッサ】
足音が近づいてきた。
俺の個室の前で止まる。
......どうせまた、俺を襲いに来た男だろう。
滅多刺しにしてやる。
ナイフを持つ手に力を込めた。
ドアが開いたらすぐに、頭にナイフを突き刺してやるんだ。
息を止めて扉が開くのを待った。
ギィイイ......
嫌な音を立てて扉が開く。
俺は、侵入者の額に向かってナイフを勢いよく振りかざした。
だが侵入者は俺の手首を「ガシッ」とつかむ。
「レン!!......俺だよ!」
「......っ......!!ディル!!」
危なかった。
ディルは俺の突き立てたナイフを、額に刺さる一ミリ手前で押し留めた。
力の弱いミナじゃなかったら、ディルは今ごろ、あの世行きだろう。
「レン!!心配したんだ」
ディルが俺を抱きしめる
「やめろ!女の体だからって気安く抱きしめるな」
俺はディルの抱擁から逃れた。
「レン......いや、ミナが反逆罪で捕まったって、ほかの奴らに聞いたんだよ!
それで慌ててきたんだ。
こいつら......死んでるんだよな。何が起きたんだ?」
ディルが部屋に転がる2体の死体を見下ろす。
「襲われたんだ」
「えぇっ、大丈夫だった」
「大丈夫だ。殺られる前に殺った」
俺は顔に浴びた返り血を手で拭いながら答える。
「その血は、こいつらの血なのか?」
ディルは俺の頬に触れる。
「そうだ。俺は無傷だ」
「レン。よく見たら胸が丸出しだよ......。
ふ、服を着てくれ」
ディルは顔を赤くし目が泳いでいる。
たしかに俺は上半身裸だった。
脱がされた服をかき集めたが、ビリビリに破れていてダメだった。
死んだ男の一人から、シャツをいただくことにした。
「ディル。
今から謀反を起こす。
手伝ってくれるか」
シャツのボタンを止めながら、ディルを見上げる。
「とうとうやるんだな。どういう手順で行うんだ?」
ディルが俺にたずねる。
「おい!!
俺も仲間に入れてくれ」
そのとき、隣の牢屋から声が聞こえた。
すっかり存在を忘れていたが、ハンスだった。
「ハンス......」
俺は迷った。
ハンスについての人となりが、まだつかめない。
ウィリアム侯爵は信頼しているようだが、俺はいまさっき、こいつと出会ったばかりだ。
信頼して良いのかどうか......迷うところだった。
「隣のやつは、一体誰なんだ」
ディルが不審そうに眉を寄せて俺を見る。
「......ウィリアム公爵の腹心の部下だったらしいんだが......」
考えている時間はなかった。
「仲間は多いほうがいい。
連れて行こう」
俺は隣の牢屋の鍵をあけることにした。
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【アリッサ】
「ミナが捕まったの!
フィリップ、なぜなの?あなたの指示なの?」
あたしは、城に戻るとすぐにフィリップの部屋に行った。
彼は執務室で、いくつかの書簡に目を通している最中だった。
「アリッサ。
君から俺の部屋に来てくれるなんて、珍しい」
「お願い。
ミナはなにも悪くないわ。牢屋から出して」
あたしは、フィリップが書簡を読んでいる机の前に立った。
「あの娘の頭は、あまりにも空っぽだった。
なにも記憶がない......。
どういう素性で育ったのか......俺は気になって、娘の生い立ちを調べさせたんだ」
「......」
あたしは嫌な予感がしてフィリップをじっと見つめた。
「あの娘が示す身分証にあるナダール村を調べた。
そしたらなんと、ナダール村にはミナ・マルケスという娘は存在しなかった」
「な、なにかの間違いだわ」
あたしは震える拳を握りしめる。
心臓がドクン、ドクンと高鳴る。
「あの娘は怪しい。
顔かたちが良く不思議と気品ある佇まいだった。
それなのに頭の中が空っぽ。
記憶がまったくないなら、思い出させるまでだ」
フィリップはあたしを見つめると冷たく笑った。
「2、3日も男たちに拷問され、犯されればきっと何かが変わる。
拷問の途中で死んでしまうかもしれんがな」
「そんな......ひどすぎる」
足がガクガクと震える。
「許せない!」
あたしはそう叫ぶと、机を回り込んで、フィリップに近づいた。
後ろ手に隠していたナイフを振り上げる。
フィリップはいとも簡単に、あたしの手首をつかんだ。
鋭利なナイフを見ても、彼の表情はピクリとも動かない。
「......っ」
「俺を殺したいんだな?」
あたしは手首を掴まれたまま、壁際に追い詰められる。
「殺したいわ。
あなたは故郷を奪った。父と母にひどい扱いをしている。
愛する人を奪った。
それにあたしの親友にまで手を出した」
涙がボロボロと流れ落ちる。
ナイフを持った手に精一杯力を込めた。
だが、フィリップに掴まれたあたしの手は、微動だにしない。
「カラン!!」
ギュッと手首を捕まれ痛みのあまりに、あたしはナイフを床に落としてしまった。
「どうやら、結婚式を早めたほうが良さそうだな?
俺と夫婦になれ。そしてアリッサ......自分の人生を諦めるんだ。
お前は、俺のために生きる。
俺の子どもを生み育てるためだけに.......。
子どもができれば、お前の考えは変わるはずだ。
子どもに罪はないからな」
「嫌よ。あなたのものになんか、ならないわ」
あたしは、顔をそむけた。
「結婚式を明日、あげよう。
近隣の諸侯を招くつもりだったが、さすがにそれは、間に合わない。
二人だけのひっそりとした結婚式だ。
諸侯に対するお披露目のパーティは数カ月後でも問題あるまい」
フィリップはそういうと、兵士に指示を出した。
「アリッサを部屋につれていけ。
逃げ出さないように、いつも以上に注意して見張るんだ」




