【レン(ミナ)】
「アリッサ、大丈夫か」
北の塔でのいつもの時間。
アリッサの顔色が悪いのに、俺は気がついた。
「うん......。大丈夫よ」
声にも元気がない。
「もうすぐ反乱を起こすから。
だからアリッサ、元気をだして欲しい。
あと少しの我慢だ」
俺は部屋の外で待つ兵士に聞こえないよう、小声でしゃべった。
「反乱......そうね......。
お父様やお母様の具合もだいぶ良くなったのよ。
ぜんぶ、ミナのお陰だわ」
ウィリアム公爵の回復も目覚ましいが、アリッサの両親であるパトリック・ベルナルドとその妻メアリも、体力を取り戻しつつあった。
回復した人間には、普段は「狂人のふりをし続けるよう」お願いしてある。
「アリッサ......本当に大丈夫なのか」
俺は、アリッサの手をそっとにぎった。
フィリップにひどいことをされていないか、ものすごく心配だった。
ふいにアリッサの手を自分の方に強く引っ張って......そして彼女をギュッと抱きしめたい。
柔らかそうなくちびるにキスしたい。
そんな激しい衝動が自分の中に湧き上がった。
だが......俺は今、「ミナ」に変化しているのだ。
女であるミナにそんなことされたら、アリッサは戸惑うだろう。
俺が「レン・ウォーカー」の姿に戻っていたとしても、キスなんかされたらアリッサは嫌がるだろうけど.....。
「......」
アリッサはボンヤリしていたが、手を握られてハッとしたように俺の顔を見つめ直した。
「ミナ......絶対に無理はしないでね。
あなたに何かあったら......あたしは......」
そう言って、俺の手を握り返してくる。
「俺のことは良い。
アリッサは自分のことを一番に考えて欲しい」
アリッサがふいに「フフフ」と小さく笑うと言った。
「ミナは好きな人のために頑張っているんだものね」
そうだった。
俺は前にアリッサに「愛する人がこの城にとらわれている」と言ったんだ。
その「愛する人」とは、もちろんアリッサのことなんだけど。
アリッサも、あのとき「あたしには......愛している人がいるの......」
......と、そんなことを言ったんだっけ。
「アリッサも好きなやつがいるんだもんな」
「そうよ。彼のことは一日たりとも......いいえ一瞬も考えないことはないくらいなの」
アリッサは、頬を少し赤らめてそう言った。
めちゃくちゃ可愛い。
アリッサの想い人が誰なのか。
考えると胸がザワザワしてくる。
ブルブルと頭を振って、邪念を追い出す。
今はそれどころじゃない。
戦いに集中しないといけないのだ。
「そうだ!忘れるところだった」
俺はポケットから、ネックレスを取り出した。
「アリッサの大切なものだ」
モルタナを商人から買い取るために渡されたアリッサのネックレスだった。
「これは必要なかったんだ」
「えっ......。戻ってきたのは嬉しいけど......
それじゃ、どうやってモルタナを買い取ったの?」
アリッサは俺からネックレスを受け取った。
「なんとかなったんだよ」
俺はそう言って誤魔化した。
そのとき......。
バタン!!
ドアが突然開いて兵士が数人なだれ込んできた。
「どうしたの?部屋の外で待つように言ったはずよ?」
アリッサが兵士の一人にたずねる。
兵士は無言で、しかめっ面をしている。
そしてツカツカと俺の方に歩み寄ると、俺の腕を乱暴に掴んだ。
「痛い!なにすんだよ」
俺は暴れたが、数人の兵士に取り押さえられてしまう。
「ミナ・マルケス。
反逆の疑いで捉える。
疑いが晴れなければ、お前は処刑される」
「えっ......」
アリッサと俺は同時に言葉を失った。




