【ディル】
「う......まぶしい......もう朝か」
太陽の日差しが馬小屋の中に降り注ぐ。
カーテンなど、さえぎるものが無いから光は容赦なかった。
しばらくボンヤリしたあと、「ハッ」と気づく。
(ミナは......)
俺はミナが寝ているほうへ視線を走らせた。
ミナが寝ているはずの場所......そこには、黒髪の男が寝ていた。
壁の方をむいて寝ているので、顔が見えない。
(男だ)
愕然とする。
(ほんとうに男だったんだ......
女に変化する薬ってホントにあるんだな)
胸がチクリと痛む。
早く男だってこと、言ってくれればいいのに。
でもミナは「打ち明ける機会を逃した」って言ってたな。
ミナの顔をみるために、俺はそっと寝床から立ち上がった。
心臓がものすごい音で早鐘を打っている。
ドクン、ドクン
(ミナの正体は......一体、誰なんだ。
知りたくない、でも知らなければいけない)
一歩一歩、寝ている男の方へと俺は近づいた。
「う......ん」
男は、うなったので、俺はびっくりして足を止める。
そのとき、突然......壁のほうを向いて寝ていた男が、寝返りを打った。
顔をこちらに向けたのだ。
「えっ......」
男の顔を見て、俺は絶句する。
「うそだろ」
寝ているのは、あの火の魔法使い「レン・ウォーカー」だった。
まったく予想もしてなかった展開に、俺はその場に座り込む。
レン・ウォーカー。
タダール兵士たちにベルナルドの領地を征服される直前。
あいつと出会い、俺たちは訓練で殴り合いの戦いをした。
レンの前髪をひっぱって、顔を横殴りに何発も殴ったのを思い出す。
レンの方も、俺の足を思い切り蹴り飛ばしたし、目玉に指を突き刺す勢いだった。
俺たちは血みどろの戦いをした相手同士だった。
レンはアリッサ嬢と共に土の魔法使いミクモの小屋に隠れているところを発見された。
それで、タダールの兵士たちに殺されたんじゃなかったのか。
肩のところを串刺しにされていたから、てっきり死んだものかと思っていたのだが。
生きていたのか。
レン・ウォーカーは生きていた。
しかも女に変化して、この城に潜入していたのだ。
その目的は、囚われたベルナルド家を救うためだろう。
火の魔法使いであるレンが、なぜそこまでしてベルナルド家に執着するのかは分からないけど......。
俺は立ち上がり、また寝ているレンのそばに近づくとヤツの側に腰を下ろした。
じっとレンの寝顔を見る。
まだぐっすりと眠っている。
美しい白い肌。
長いまつ毛。
(確かに、ミナの面影があるな)
レンは黒い大きな瞳をもっていた。
考えれば考えるほど、ミナに似ている。
(男だけど......かわいい顔してるんだよな)
思わずそっと手を伸ばすとレンの前髪に触れた。
「う......」
レンは、うるさそうに俺の手をはらった。
(ハハハ。
俺のことを、鬱陶しそうにする感じ......ミナそのものだ)
ふいにレンがパッと目を覚ました。
俺とレンの目が合う。
「ディル......目が覚めたんだな」
レンは、目をこすりながら上半身を起こした。
「あっ......。女体化の薬の効果が切れてる」
レンは、小さく呟くと、自分の身体を眺めている。
それから、ゆっくりと、俺に視線をあわせた。
「ディル。これが、俺の正体だ」
「ミナは、レン・ウォーカーだったんだな......」
「そうなんだ。黙っていて悪かった。
......それで、さっそくなんだが、ハンスってやつが兵士の中にいないか?
ハンス・シュトラウス......って名前のやつなんだけど」
「レン......。
俺はミナの中身がお前だとわかって、もちろん残念な気持ちはある。
だけど嫌いになれない。どうしてだろう」
俺は、レンの問いかけを無視して、ヤツに言った。
「どうしてだろう......って言われてもな。
それよりも、ハンス・シュトラウスのことなんだが」
レンは困ったような顔をしている。
俺はヤツにサッと近づくと唇にキスをした。
やわらかいくちびるの感触。
ミナとおんなじだ。
くちびるが触れ合った瞬間、レンは俺のことを力いっぱい突き飛ばした。
ミナとは比べ物にならない力強さに、俺の体は後ろに吹っ飛び、柱に思い切り後頭部をぶつける。
「......ってぇ」
「お前、なんでキスなんかするんだよ!?
俺の姿がちゃんと見えないのか?
俺だ。レン・ウォーカーだ」
レンが手の甲で口を拭きながら俺にどなる。
「いや......ちょっと確かめたかったんだよ」
俺は後頭部をさすりながら、レンに言い訳した。
どうしたものか。
俺は......レンのことが、好きなのかもしれない。




