【ディル】
一日中、ミナに言われたことが頭の中をグルグルと回っていて離れなかった。
「好きじゃない......結ばれることはありえない」
ショックだった。
少しは好きでいてくれてるのかな......そんな風に思ってたから。
相手が自分のことを好きじゃないなら、あきらめるしかない。
それ以上、しつこくしたって余計に嫌われるだけ。
そんなことは分かってるけど。
ミナと話してると、どうしても諦めきれない。
会えば会うほど、話せば話すほど、俺はどんどんミナに夢中になってしまう。
いままで、こんなに好きになったこと......ないよなぁ。
キスしたり、抱きしめたりするのは、もちろん止めるけど。
せめて側にいさせて欲しい......。
そう言いたくて、ミナに会いに馬小屋に来たのだ。
でもミナは、昨日俺に「好きじゃない」と言ったことなんて、全然忘れているっぽくて。
いきなり「ハンス・なんとか」って名前のヤツ知ってるか?
とか聞いてきた。
(なんだよ。
ミナは、俺の気持ちなんか、お構いなしか)
そう思うと、ちょっと悲しくなった。
おまけにミナは、「ほかに好きな人がいるんだ」なんてことまで言い出して。
そのうえ「一緒に反乱をおこしてほしい」
極めつけには、「俺の正体を教える」ときた。
なんなんだ。この娘は......。
どこまで俺を振り回せば気が済むんだ。
俺の頭はぐちゃぐちゃだった。
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「めちゃくちゃ腹が立つと思うけど......お前、俺のこと殺そうとするなよ?」
ミナは真剣な目でそう言った。
「一体なんなんだ......」
俺がそう問いかけると
「俺は男なんだ」
ミナがそう言ったので、俺は思わず吹き出した。
「えっ。アハハハ!!
何を言い出すかと思ったら。どうみてもミナは女の子じゃないか」
「いや違うんだ、正真正銘の男なんだよ」
あまりにもミナが真剣にそう言うので、俺は彼女の目をじっと見る。
「......いや、悪かったと思ってる。
だけど、男だってことを言えば、お前は怒り出すと思って、
言う機会を失ったんだ。
俺はキスだって、嫌がって抵抗しただろう?
この体は力が無いから、どうしようもなかったんだ」
「ミナが男......」
「そうだ。
エルフからもらった薬で、女に変身してるんだ」
「えぇっ......」
ミナはポケットから白くて丸い薬の入ったビンを取り出した。
「そんな......。
俺のこと嫌いだからって、そんな手の込んだウソをつく必要ないのに」
「ウソじゃないんだ。
俺はこの薬を飲んで女に変化している」
俺は考え込んだ。
にわかに信じがたい。
「それなら.......何のために女に変身してるんだよ」
「それは、この城をフィリップから奪い返すためだ」
「城を奪い返すためなら、男のほうが良いと思うんだけど」
「理由があるんだ」
ミナは、何か考え込んで首を傾げている。
彼女はやっぱり可愛らしくて男には見えない。
だが、言われてみれば思い当たるフシはあった。
例えばミナの口調や、動き、体勢......。
足を広げて座る、大股で歩くなど.......。
ミナには動きに女らしさが微塵もなかった。
男として育った人間、そのものの動作だった。
(そうなのか。
ミナは男......でも)
俺はミナの中身に惚れてるんだ......。
そのことは、彼女が記憶を無くしたときに明らかになった。
記憶を無くしたミナは、女らしくナヨナヨしていた。
俺は、そんなミナにちっとも、そそられなかった。
記憶を無くしたミナと会話をしていても、楽しくもなんとも無かった。
俺はミナと話すのが楽しい。
つまりは彼女の中身が好きなんだ。
「たとえ、中身が男だとしても......俺はミナのこと、好きだ」
俺はミナにそう言った。
「えぇぇえっ。
ディル、なに言ってんだよ」
ミナは驚いてのけぞった。
「ウソだろ。俺は男なんだぞ」
「俺は、ミナの可愛らしい見た目が好きなんだと思ってた。
だけど違ったんだ。
俺はミナの中身が好きなんだ」
「ちょっと待てよ......」
ミナの目が困ったように泳いでいる。
可愛い。
ミナの中身がほんとうに男だとして......一体どんな男なんだろう。
見た目はどうだっていい。
ミナの本当の姿が知りたい。
「ミナのことがもっと知りたいって前に言ったの覚えてる?
ミナの本当の姿がみたい。
それで俺の気持ちが冷めるなら......それでいいよな?
俺はミナのことをさっぱり諦める。
どうすれば、ミナは本来の姿に戻るんだ?」
「夜中にいつのまに男に戻ってる。
それで、朝起きると女体化の薬を飲むんだ。
ていうか、俺の本来の姿をお前は知ってる」
「俺が知ってる?
どういうことだ」
「俺の正体は、ディルが知ってる男だ」
「ミナは、俺の知り合いってことか!?」
過去に知り合った野郎どもの顔がつぎつぎと頭の中を駆け巡る。
えぇっ......
誰なんだろう.....
胸がドクンと高鳴る。
知りたいような、知りたくないような。
知ってはいけないような......。
とにかく今は、知りたくない!という気持ちが強かった。
「俺の正体は」
ミナが口を開いた。
「まて!知るのがなんだか怖い。
俺はこの目で、実物を見たいんだ」
俺はミナを手で制した。
「朝......女体化の薬を飲む前に俺を起こしてくれ。
それで、実物のミナを見て判断したい」
「......おぅ......。そうするか」
ミナは眉毛を上げて俺を見た。
(ほんとうにそれでいいのか)
そう言っているようだった。
「と、とにかく寝る。
明日絶対に起こしてくれよ。
ていうか、俺のほうが先に起きるかもしれないけど」
ミナから離れた馬小屋の反対側に寝転がる。
ミナも無言で、藁の上に横になったようだった。
明日の朝が怖い。
眠れないかと思ったけど、昼間の訓練の疲れなのか......
意外にも俺はぐっすりと眠ってしまった。




