【レン(ミナ)】
「ハンス・シュトラウスって知ってるか?」
夜になって、ディルが馬小屋にきた。
俺はさっそく、ヤツに聞いてみた。
ウィリアム公爵は言っていた。
「ハンス......。ハンスを呼んできてほしい。
彼は私の一番信頼の置ける家臣なのだ」
ハンス・シュトラウスを呼べと。
きっと腹心の家来だったんだろう。
ハンスが兵士なら、副隊長であるディルは当然、そいつの居所を知ってるはずだ。
「......」
ディルは黙り込んでいる。
馬小屋の柱によりかかって腕組みし、黙って俺を見ていた。
「......なんだ、黙り込んで。
ハンス・シュトラウスだよ?知らないか?」
俺はディルにもう一度、問いかけた。
「......俺はミナのこと......愛してる」
ディルは上目づかいに俺をにらむと、いきなりそう言った。
「えっ......?」
......そうだった。
前回、ディルに言ったんだった。
「俺はディルのこと、好きじゃない。
結ばれることはありえない」
そうはっきり伝えたんだ。
ヤツはそのことを今も気にしているんだろう。
色恋にうつつを抜かしている場合じゃない。
ディルには、戦いの準備に集中してほしいのに。
「ディル。
今までいろいろと協力してくれたことには感謝してる。
俺が記憶を失っている間も面倒を見てくれたこととか......」
ディルは俺から少し離れた位置で、突っ立ったまま沈黙を守っている。
「でも、俺はほかに好きな人がいるんだ」
そう伝えると、ディルの表情がゆがんだ。
「そいつは何故、こんな危険な場所にミナが一人でいるのに、助けに来ないんだ?」
ディルはそう反論してきた。
「それは......事情があるんだよ」
「......くそっ」
ディルは下を向くと小さく毒づいた。
「ディル、前に言ってたよな。
まだ、パトリック・ベルナルドに恩義を感じてるって。
一緒に反乱を起こしてほしいと言ったら、協力してくれるか」
俺は干し草のうえに座り込み、ディルを見上げた。
「フィリップを倒して、このタダール城を、ウィリアム公爵の手に戻すんだ!
そして、ディルはもとのベルナルドの領地に戻る。
ベルナルド家はもとのさやに収まる。パトリック卿も喜ぶだろう。
めでたし、めでたしじゃないか」
「......いやだ」
「ディル!!なんでだよ」
意地を張り続けるディルの横っ面を思わずぶん殴りたくなったが、なんとか耐えた。
「お前、怖気づいたのか!?
フィリップが怖いのか!?」
俺はディルをあおった。
「......違うよ」
ディルは、俺の隣にドスンと腰を下ろした。
「反乱を起こせば、殺し合いが始まる。
この城はいまよりも危険な状態になるだろう。
ミナに何かあったら俺はいやだ」
「.......ディル。
俺は自分の身は自分で守れる」
「だめだ。ミナが城の仕事を辞めて出ていくなら、反乱を起こしてもいいけど」
「ディル......」
ため息が出た。
ややこしいことになってしまった。
なんとかディルに俺のことを諦めてほしかった。
恋心なんて捨てて、戦いに集中して欲しい。
そのためには、どうしたらいい?
そうだな......。
もう......正直に話すしか無いのだろう。
俺は実は男で.....レン・ウォーカーであることを言ってしまうのだ。
俺の正体を知ればヤツは、俺に対する恋心が一気に冷める。
そして戦いに集中し始めるだろう。
だがもしも真相を知ったことで、ディルが怒りだしたら?
俺のこと、ダマしてキスまでして、女のふりをしやがって!
って怒りだしたら?
そしたら、もうディルの力を借りるのは諦めるしか無い。
どちらにせよ、このままだとディルは力を貸してくれない。
俺の正体を明かすことで、もしかしたら.....ミナへの恋心を断ち切って、パトリック卿のために動いてくれる可能性もある。
そうなることに賭けたほうがいいのかもしれない。
「ディル。
俺のこと、好きだって言ってるけど......その気持がサ~ッと引くような事実を教えてやる。
俺の正体を今から言う」
「えっ......正体?......ミナの?」
ディルは俺の顔をのぞき込んだ。
「そうだ。
めちゃくちゃ腹が立つと思うけど......お前、俺のこと殺そうとするなよ?」
「なんなんだ。
何を言われても、俺がミナを好きな気持は変わらないよ?」
ディルは俺の顔をじっと見つめ続けている。




