【レン(ミナ)】
「ディル、言っとかないといけないことがある」
「......なんだ?」
ディルは俺の前髪を優しくなでつけると、じっと目を見つめてきた。
「俺はディルのこと......好きじゃない。
それにディルと結ばれることは絶対にないんだ
それだけは、言い切れる。
だから、もう俺に対してそんなふうにするのは止めろ」
はっきりと伝えたつもりだった。
ディルがミナに惚れているのが、会うたびにヒシヒシと伝わってくる。
このままいくと、ディルは完全にミナの虜になってしまう。
......いや、もうなっているのか。
もっと早くにきちんと伝えるべきだったんだが。
ディルはしばらく黙ったあと口を開いた。
「......そんなこと言われても。
俺がミナを好きだって気持ちは止められない」
そう言うと、またキスをしてこようとしたので俺は顔を背けた。
これ以上、こんなことをするのは間違っている......そう思った。
「俺はあきらめない」
ディルはそう言い残すと、馬小屋から去っていった。
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「アリッサ!!」
北の塔でのいつもの時間。
アリッサの両親の部屋で俺たちは、ギュッと抱き合った。
「ミナ......大丈夫だった?
記憶は戻ったのよね?」
「大丈夫だ。
記憶を無くした間のことは、ぜんぜん覚えていないんだけどな」
「心配だったわ、ミナ。
もしも薬草が手に入らなかったら、どうなるかと思って」
「ギリギリで間に合った。
でも実際、危なかったんだ」
アリッサのお付きの兵士は「女同士の会話があるから」と言って、部屋の外に出てもらうことにした。
ドアも締め切っているし、小声で話せば聞かれないだろう。
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「ほんとにギリギリだった。
フィリップのやつと目が合う直前まで、薬草の効き目が現れなくってヤバかった」
両親の髪を梳かしながら、アリッサはうなずいた。
「でもギリギリだったお陰で分かったことが、ひとつあるんだよ」
俺は部屋の隅っこをホウキで掃きながらアリッサに報告する。
「分かったこと?
なんなの?」
アリッサが目を丸くして興味深そうに俺を見た。
「フィリップは目が合ったときにしか、相手の心を読めないんじゃないかと思うんだ」
謁見の間で.......。
俺はアリッサを抱き寄せるフィリップを見て、頭に血が上った。
ヤツを殺すことで頭の中が、いっぱいになった。
だがフィリップはそんな俺の考えを読めなかった。
それは、ヤツと俺の目が合っていなかったからじゃないか?
あいつは、目が合ってはじめて、相手の心が読めるんじゃないのか?
......そう考えたのだ。
ところがアリッサは
「......違うと思うわ」
と言うと、静かに首を振った。
「違う?どうして」
「だって、あたしはいつも、彼と目が合っていなくても心を読まれているのよ。
例えば、ミナのことを考えていたとき......彼はあたしの背後にいたわ。
私は彼がいることに気づかずに、ミナのことを考えてしまったの」
アリッサはそういうと、少し震えて下唇をギュッと噛んだ。
「そうか......」
「ねぇ、ミナ。
あたしもう、耐えられない。
父と母がこんな部屋に閉じ込められ、ひどい扱いを受けているのがツライ。
あの男に触られるのもキスされるのもゾッとする。
しかも、もうすぐ結婚しなければならないなんて」
アリッサは涙を流し始めた。
「アリッサ!!」
「ごめんなさい。ミナにこんなこと言っても、困らせるだけなのに」
俺はアリッサの側にいくと、彼女をまた抱きしめた。
「結婚なんかさせない。
きっとその前になんとかするから」
震える彼女の肩をそっとなでて、落ち着かせる。
アリッサはまた少し痩せたみたいだった。
顔色も悪く、思い詰めた雰囲気がする。
「アリッサ、お願いだ。
絶対にあきらめないで」
彼女の頬に手を触れ、涙を指でぬぐう。
「ミナ......ありがとう」
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彼女を椅子に座らせた。
アリッサはだいぶ弱っているみたいだった。
あの邪悪な男の側にいるだけで、生気を吸い取られるのかもしれない。
このままではアリッサがおかしくなってしまう。
「さっきの話の続きだけど」
アリッサが口を開いた。
「さっきの......?」
「えぇ。
フィリップは目が合った相手の心しか読めないっていう話」
「でもそれは、違うんだよな。
アリッサはヤツと目が合って無くても、心を読まれている」
「うん。
もしかしたら、彼の視界に入らなければ、心を読まれないのかもしれない。
フィリップは自分の視界に入った人間の心を読む力があるのかも」
「......なるほど。
アリッサ、すごいぞ。きっとそうだ」




