【レン(ミナ)】
シトシトと雨の降る音が聞こえている。
「う~ん......朝か?」
思い切り両腕をあげて、伸びをした。
よく寝たなぁ。
久々にぐっすり熟睡した気分だった。
いつもの馬小屋の干し草のうえ。
ここも慣れれば素晴らしい寝心地じゃないか。
ポンポンと干し草を手で整える。
(あれ.....俺、なんか大事なこと、忘れているような......?)
「ミナ.......、ミナ......」
馬小屋の反対側のスミの方から、誰かの声が聞こえてきた。
(誰かいるのか!?)
俺は声のほうに素早く視線を送ると同時に、腰を浮かせて戦闘態勢を取る。
馬小屋のすみに、ディルが寝ていた。
(なーんだ、ディルか。
あいつ、あんなところで寝てやがる。
いつもは馬小屋の外で寝てるけど、さすがに雨だから、小屋の中で寝たのか)
「ミナ......戻ってきてくれ......」
ディルは寝言を言っている。
(あいつ、どんな夢見てんだ?)
ディルは
「うーん」
と唸りはじめて、もうすぐ目が覚めそうな感じだ。
そこでフト自分の手足を見る。
どうみても男の手足だった。
(やばい!!
俺、レン・ウォーカーに戻ってるじゃないか。
ディルに見つかったら、やばいよな!?)
ディルにミナの正体を知られるのはマズイ。
あいつはミナに惚れてるから。
ミナの正体が男の俺だと知ったら、間違いなく怒りだし、決別することになる。
打倒・大蛇作戦には、ディルの戦力も必要だった。
(はやく女体化の薬を飲まないと!!)
薬を出そうと、服のポケットを探る。
(あれ!?いつも着てる服じゃない。何だこの服)
男物の服だけど、いつもとは違うシャツとズボン。
ポケットは空っぽだった。
(俺の金や銀貨......それに肝心の女体化の薬はどこいった)
ポケットをすべて裏返して、下着の中も探したが、何もでてこない。
ディルがうなって、ゴソゴソと寝返りを打っている。
あいつ......もうすぐ目が覚めそうだ。
(やばい......。昨日、俺は何してた?何かを忘れてるぞ)
頭の中を懸命にさぐる。
そこで少しずつ記憶がよみがえってきた。
俺は......大蛇フィリップと対面することになって......。
記憶を失う薬草を食べたんじゃなかったか。
そうだ!!
薬草を食べたんだ。
......それで?
そのあと......どうなったんだ?
謁見の間で、フィリップのやつと対面したんだ!!
フィリップと俺の目が合って......。
頭を抑える。
モヤがかかったようで、それ以上思い出せない。
「ミナ......ミナ」
ディルがはっきりと俺の名前を呼んだ。
ヤツは目覚めたようだった。
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「ミナ?......ミナ?」
ディルが不安そうな声で俺を呼んでいる。
目が覚めたけど、馬小屋に俺がいなくて焦っているようだ。
俺はすっかり思い出した。
昨日(だぶん昨日だよな)
俺は、モリィがギリギリで持ってきてくれた「記憶を失う薬草」を食べた。
薬草は、なかなか効力を発しなかったんだけど、フィリップと対面した瞬間、効き目をあらわした。
俺は記憶をなくしたんだ。
記憶をなくした間のことは、思い出せなかった。
だが......こうしてまだ生きてるってことは、フィリップのことをうまく誤魔化せたってことだよな。
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俺は記憶を失う可能性を考えて、手持ちの金と女体化の薬を事前に隠したんだった。
とくに薬は無くしたら一大事だからな。
どこに隠したんだっけ?
たしか......隠したのは
そうだ......思い出したぞ、この中だ。
馬小屋の片隅にある、古い樽の中をさぐる。
ディルに見つからないように、柱の影に隠れたまま、女体化の薬を飲んだ。
体がムズムズする。
背が縮こまって、髪がスルスルと伸び、胸や尻がでかくなる。
この女体化の瞬間は気持ちが悪くて慣れることはない。
「ミナがいない......」
ディルが低い声で呟くのが聞こえてきた。
「何、寝ぼけてんだ。俺はここだ」
ようやく女体化が終わって、俺は柱の陰からディルの前に出てきた。
「......ミ......ナ」
ディルは目を見張って、俺のことをじっと見ている。
「どうした?
お前、いい加減自分の部屋で寝たら良いのに」
「ミナ!!」
ディルは叫ぶと俺のもとにダッシュで駆け寄ってきた。
そして思い切り抱きしめられる。
「ディル!?
なんなんだよ。どうしたんだよ」
俺はびっくりして硬直した。
「いつものミナだ。
俺のミナだ。戻ってきてくれたんだ」
「なんだよ。っ......キツイ。痛い」
ディルがあんまり強く抱きしめるから、俺は体が痛くてディルに抗議した。
やつは俺の抗議を無視すると、俺を馬小屋の壁に押し付けて、激しくキスをした。
「ちょっ......やめろ、ディル」
俺は懸命に抵抗したがムダだった。
「ミナ......。
覚えてないのか。
昨日、ミナは記憶を失ったって言ってた」
「そ、そうなのか」
どうやら、ディルは俺が記憶を失っているときに、俺の面倒を見てくれていたらしい。
「もう、もとのミナに戻らないのかと思って、すごく心配だったんだ」
そういうと、またギュッと抱きしめられる。
俺はディルになんとか落ち着いてほしくて、ヤツの頭をぽんぽんと叩いた。
「心配すんな。俺はいつだって戻って来る。
不死鳥みたいなもんだ」
「ミナ......」
ディルは自分のポケットから赤いリボンを取り出した。
アリッサからもらった、俺のリボンだ。
ディルはリボンを俺の首に巻き付けてくれた。
「よかった。無くしたのかと思った。
ありがとう」
「ミナがいつも付けてたから。
きっと大事にしてるんだろうと思ったんだ」
そう言うとディルは笑った。




