【ディル】
ミナは泣きながら
「自分が誰なのか、ここがどこなのかも、分からない」
と言った。
そんなことって、あり得るのか!?
俺は驚いた。
目の前のミナは、俺の知ってるミナとは別人だった。
なぜだか俺にはそれがすぐに分かった。
「ミナは?
いつものミナはどこに行っちゃったんだよ?」
俺が彼女の両肩に手をおいて、勢いよくたずねると、彼女はまた泣き出してしまった。
「ご、ごめん」
彼女はただでさえ記憶を失って不安なのに、大声を出してしまって後悔した。
弱々しく泣いているこのミナは......「俺の愛してるミナ」とは違っていた。
俺のミナはどこに行ったんだ......。
あの子はもっと生き生きとしていて......瞳がキラキラと......いや、どちらかというとギラギラしてる。
喧嘩っ早くて、口が悪くて、可愛い見た目なのに自分のこと「俺」って言って。
目の前のミナは、元のミナより女の子らしい。
きっと大抵の男は夢中になるだろう。
だけど、俺は「もとのミナ」を愛していた。
口が悪くて俺のことを、にらみ付けてくるミナが大好きだった。
(俺は、ミナの見た目の可愛らしさに惚れたと思っていたんだけど。
実はミナの中身に夢中だったんだな)
ふとそんなことを思った。
「記憶を失ったって......どういうことなんだ」
「私にもよく分からなくて」
ミナは小さな声で答えた。
「とにかく......その格好じゃ、また男に襲われる。
このタダール城は強姦、強盗、殺し合いがまん延してるんだ。
邪気が流れてるせいらしい。
治安が悪いんだ。
俺の部屋に男物の服がある。
着替えよう?」
俺はミナを立ち上がらせると、自分の部屋へと連れて行った。
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ミナが着替えているあいだ、俺は部屋の外にいた。
「......着替え終わりました」
部屋の中から声がする。
「あっ、いつものミナだ」
男物のシャツとズボンを身につけたミナは、俺の知ってるミナそのもので嬉しくなった。
だけど、瞳の光がやっぱり違った。
「どうすれば、記憶が戻るんだろう......」
「わかりません。
でも北の塔に行ってみたいと思います。
そこで働いていたようなので、なにか思い出すかもしれないし」
「そうだな。
北の塔まで送るよ」
彼女の記憶が戻りますように。
俺のミナが戻ってきますように。
俺ははじめて神に祈りたい気分になっていた。




