【レン(ミナ)】
トイレのなか。
俺は目をつぶって、記憶が失われていくのを待った。
......あれ?
まだ記憶がある。
俺はレン・ウォーカー。
アリッサのことが好きだ。
大蛇を成敗したい。
正体を隠すために女体に変化する薬を入手し、大蛇のいるこの城に乗り込んだ......。
俺は......もと火の魔法使いで......
コンコン!!
トイレの扉を激しく叩かれる。
「いい加減に出てきなさい」
使用人たちが急かしている。
俺は......レン......レン・ウォーカー。
100歳を超えているが、大蛇に魔力を奪われ、人間になった。
だめだ。
記憶が消えない。
結局、薬草を食べたのに記憶は無くなることは、なかった。
(くそ。薬草が間違っているのか......)
俺は渋々トイレの外に出た。
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「誰?あの子?」
「可愛い.....」
長い廊下を歩かされている俺を、使用人たちがチラチラと見る。
兵士の一人が鼻の下を伸ばして、ぼんやりと俺の顔や身体を見ている。
「変な目で見るな!」
俺はそいつに向かって怒鳴ると歯をむき出しにして威嚇してやった。
まったく、気持ちが悪い。
自分が男だから、下心のあるヤツの視線はすぐに分かるものだ。
俺はとうとう、ここで大蛇と対決する。
ヤツは俺から吸収した火の魔法を使えるのだ。
だから、あっという間に、まっ黒焦げの消し炭にされるのは間違いない。
なんとか反撃できると良いんだけど。
......そのためには、少しでも長く心を読まれないことだ。
大きく深呼吸し、自分の呼吸に意識を集中する。
頭の中を空っぽにする。
なにも考えない。
アリッサに教わったことを懸命に唱え続けた。
「ここで領主様がお待ちだ」
使用人が俺の背中を押す。
おそらく謁見の間だろう。
中央に金の縁取りがされた赤くて長い絨毯が敷かれている。
その絨毯の行き着く先は、もともとは公爵が座っていたであろう、ゴージャスな椅子だった。
椅子は2段くらい高い位置に設置され、謁見に来たものを見下ろすようになっている。
大蛇は、その椅子には座っていなかった。
(どこにいやがる?)
視線を室内に走らせる。
奥の大きな窓のそばに、大蛇の後ろ姿が見えた。
アリッサも側にいる。
大蛇はアリッサの腰に手を沿わせて、抱き寄せている。
アリッサも大蛇も、俺のことにまだ気づいていない。
大蛇がアリッサを抱き寄せているのを見て、俺の感情は爆発してしまった。
瞑想の心得もなにも吹っ飛んでしまった。
(あのくそ野郎!!
アリッサに気安く触りやがって!!殺してやる!!)
明らかな殺意が頭に浮かぶ。
アリッサを奪い、俺の首をはねろと命令を下した男。
(ぜったいに殺してやる!!)
俺は大蛇の背後に、少しずつ近づいていった。
大蛇はこちらを振り向かない。
あれ!?
俺はこの状況に違和感を覚えた。
(か、考えが......俺の考えが読まれていない!?
......どういうことだ。
こんなに殺意にまみれた思考をしているのに、あいつは振り向きもしない)
そのとき、気配を感じたのか大蛇フィリップが、パッと俺のほうに振り返った。
ヤツと俺の目が合う。
その瞬間だった。
薬草がようやく効きはじめて、俺は記憶を失ったのだった。
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(ここは......どこ......)
目の前に広がる見覚えのない光景に、慌てる。
キョロキョロとあたりを見回す。
見覚えがない。
ここはどこ。
目の前には銀髪の冷たい目の男が立っている。
「ほう、お前がアリッサの友人、ミナか......」
男はジッと私に無表情な視線を向けている。
「......ミナ......?」
自分の名前なんだろうか。
わけが分からない。
ぼんやりとした霧の中にいるようだ。
そうか。
きっとこれは夢なんだ。
私は夢を見ている。
「お前は.....おかしな女だな」
銀髪男は、私を穴が空くほど眺めている。
「お前の頭の中は空っぽじゃないか」
「空っぽ?」
男を見上げる。
脇から、女性の声がしてきて、私はそちらに視線を向ける。
「ミナは精神に障害を持っているの。
記憶が抜け落ちやすいようなのよ」
女性はそう言う。
ハッとするほどキレイな女性だった。
「ほぅ。
精神疾患か。生まれつきか?
だが可愛い女だな」
銀髪男は私の腰をグィっと自分の方に寄せて抱き寄せた。
彼の手が自分の身体に触れた途端、なぜかゾッとした。
怖い。
この人、なんだか怖い。
「や、やめてください」
私は男から逃れようと、両手で抵抗した。
でも男の力は強かった。
「ハハハ。
ミナ・マルケス。
貧困の村出身で、無教養の田舎娘のはずだが......おかしいな。
貴族のような品格を感じる。
なぜなんだ?」
「フィリップ!
やめて。ミナをいじめないで」
キレイな女性が男に懇願する。
「俺は平民と関係を持つ気はない。
平民の血をもつ子どもなど生まれたら大変だからな」
男はそう言うと、私のことを冷たく睨んだ。
「だが、なんとも言えず惹きつけられるな。
可愛い女だ」
「やめて、フィリップ。
ミナを放っておいてあげて」
女性が男の腕にしがみつく。
「それなら、アリッサ。
お前が俺の相手をしてくれるということだな?」
「......」
女性は、ツラそうな顔をしてうつむいている。
この男は性悪だ。
邪悪な男に違いない。
「ミナ・マルケス。
下がって良い。
アリッサに悪影響を与えるような人間だったら、その場で処刑するつもりだったが。
お前は頭の弱い、ただの使用人のようだからな」
私は怖くて泣きそうだった。
「下がって良い」
と言われて、心底ほっとした。
でも美しい女性のことが気になって仕方がない。
彼女は大丈夫だろうか......。




