【レン(ミナ)】
大蛇フィリップと対面する日が刻一刻と近づいてきていた。
(薬草は見つかっただろうか......)
毎日モリィの光る羽が見えないかと、北の塔の最上階から遠くへ目を凝らした。
だがモリィは一向に帰って来ない。
「2~3日留守にするかもしれない」
彼女はそう言っていたのに......。
すでにモリィが薬草探しに出発して、5日が経っていた。
(モリィ......まさかなにか、トラブルに巻き込まれた?
俺が頼みごとをしたせいで......モリィ、どうか無事でいてくれ)
俺は、薬草が手に入らなかった場合に備えて、瞑想の訓練を毎日行っていた。
だが、どうしても雑念が入り、集中することが出来ない。
アリッサは
「難しいけど、慣れれば大丈夫」
と言っていたが、とても出来るようになるとは思えなかった。
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大蛇と対面する日の朝がきた。
(この日が着てしまったか。
モリィはとうとう、戻ってこなかった。
薬草は間に合わなかった。
自分の力でどうにかするしかない......)
まずは地下牢に行き悪臭のこびりついたバケツの汚れを体に塗った。
(クセェ。
こんなクサイ女......普通の男なら、近づきたくないと思うはずだ)
顔にも泥をうっすら塗る。
眉をしかめて、前歯をむき出しにする不細工な顔の練習をする。
アリッサにもらった赤いリボンは、可愛いのでポケットに隠しておいた。
(精神を集中だ......。
意識を集中)
ときどき、瞑想の練習もはさんだ。
それから、厨房で盗んだ小さなナイフをフトコロにしこむ。
(殺されるくらいなら刺し違えてやる)
大蛇の心臓にナイフを突き立ててやるんだ。
その練習も、馬小屋で藁人形相手に念入りに行っておいた。
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「ミナ・マルケス!
ミナはどこだ?
領主様とのお約束の時間が近い」
「えっ!?もうか?」
俺は北の塔を掃除しながら、兵士に呼ばれてビクッと肩を震わせた。
「でも、俺がいないと厨房のほうも困るし」
厨房で仕事ができないとなると、モルデンと少量のモルタナを混ぜ込むことができない。
今日は無害なモルデンのみが、みんなに供給されることになるだろう。
(だが、みんな回復してきている。
一日くらいモルタナが無くても禁断症状を起こす者は、いないだろう。
みんな狂人のフリをうまくやってくれている)
北の塔の住人の多くは実際、回復しつつあった。
「いつ反乱するんだ?」
「準備はできてる」
などと、密かにささやきあうことも多い。
あとはウィリアム公爵の回復をまつばかりだ。
彼が号令をかければ、大半の城の兵士たちは、きっと大蛇よりも公爵の命令に従うはずだ。
俺はすっかり回復して威厳を取り戻したウィリアム侯爵を筆頭に、反乱を起こす計画を立てていた。
彼を全面に押し出し、俺とディルも戦いに加わる。
さらに、アリッサの父親であるベルナルド家のパトリックも戦いに加われば言うことなし。
大蛇の側についている側近や兵士をなぎ倒し、最後はチェックメイト!
大蛇の首を取るという算段だった。
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「おい。まだ時間はある。
仕事をやらせてくれ」
首根っこを兵士につかまれたが、ジタバタと暴れて抵抗した。
「つべこべ言うな。
いいから着いてこい」
ガッチリと兵士に前後左右を固められて連れて行かれる。
まるで犯罪者のようだった。
俺は、城の入口で女の使用人どもに引き渡された。
「なんなの、この子。ものすごくクサイわ」
使用人の一人が、顔をしかめて鼻をつまむ。
「ほんとね。このまま領主さまのもとへお連れしたら、私達が叱られる」
そんなことをブツブツと言い出して、俺は嫌な予感がした。
「まだ時間はあるわ。
お風呂に入れて、きれいな服に着替えさせましょう」
使用人たちがそう言い始めたので、俺は焦った。
「いやだ。風呂なんか入りたくない」
「だめだよ。
お前は、ひどい匂いじゃないか。
そんな姿で領主さまのお目にかかるのは、失礼に当たるんだよ」
年配の使用人にガッチリと腕をつかまれて、俺は風呂場へと連れて行かれたのだった。
風呂に入れられてしまったら、俺は「可愛いミナ」になってしまうじゃないか。
せっかくつけた悪臭や泥汚れが落ちてしまう。
精一杯抵抗したが、丸裸にされ風呂に突き落とされた。
隠し持っていたナイフも没収されてしまったのだった。




