【レン(ミナ)】
(くそ。見つからないと良いが......)
結局、俺は地下牢にずっと隠れていた。
フィリップに見つかったらマズイ。
今までの苦労が水の泡だ。
(そろそろ、大丈夫だろうか)
ほとぼりが冷めたと思える夕方頃、北の塔に戻るとマーガレットが烈火のごとく怒っていた。
「どこに行ってたんだい!!」
「いやぁ。腹を壊したみたいで。
トイレにこもってた」
俺はあらかじめ考えていた言い訳を、マーガレットに伝えた。
「領主さまが、お前をお探しだったんだよ?
お前がどこにもいないから、あたしゃ、殺されるところだった」
「ハハハ~......。悪かったな。
けどヒドい下痢で」
「領主さまはおっしゃっていたよ。
来週のこの時間にミナを城の方へ寄こすようにと。
必ず寄こすようにと念を押された」
「なんだって!?
来週?俺が城に?」
驚愕した。
「嫌だよ。城になんか行きたくない」
マーガレットにダダをこねてみた。
「なぜだい?
お前の顔立ちの良さは有名だから、領主さまも気になっているんだろうよ。
領主さまの愛人になれるかもしれないじゃないか。
そうなりゃ、ラクして生きていける」
マーガレットはヒヒヒと笑うと、意地悪そうに俺の顔を見た。
(フィリップの愛人!?
ありえない。
だいたい、その前にレン・ウォーカーであることがバレて、首をはねられる)
どうしたものか。
作戦を練らないといけない。
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「アリッサ、大変だ。
俺はフィリップに会わなければいけなくなった」
北の塔。
アリッサの両親の部屋で、俺は彼女に告げた。
アリッサは兵士を厄介払いすると、俺の両手をつかんだ。
「ミナ。
ごめんなさい。
あたしが、フィリップの前で、ミナのことを考えてしまったからなの。
フィリップが背後にいることに気づかずに、うっかり頭に思い浮かべてしまったのよ」
「いや、いいんだ。
アリッサが悪いわけじゃない。
むしろ今までよく、考えを読まれずに耐えてきたと思ってる」
「......でも」
しょんぼりするアリッサの肩を優しく撫でた。
俺はアリッサの目を真っ直ぐ見つめて言った。
「どうすべきか色々と考えた。
選択肢はいくつかある。
ひとつは、フィリップに会うことになる前に、反乱を起こすことだ」
「反乱」と言う言葉を聞いて、アリッサの目が不安そうに泳ぐ。
「だが、デメリットとして準備不足な点がある。
ウィリアム侯爵の状態も、また完全ではない」
「そうね。お父さまの状態もまだ悪いわ」
アリッサは父親の方に視線を向ける。
「もうひとつは、アリッサのように考えを読まれない術を身につけること。
だがこれも、難しいだろう。
一朝一夕で身につけられる技ではないからだ。
間に合わない可能性が高い」
しばらく部屋に沈黙が続いた。
アリッサは、爪を噛んで遠くを見つめ何かを考え込んでいる。
「ひとつだけ......方法があるわ」
アリッサは思い切ったように言った。
「一時的に記憶をなくしてしまう薬草があるの。
副作用はほぼないと言われているわ」
「記憶をなくす!?」
「そうよ。それまでの人生の記憶を失う。
自分が何者だか分からなくなると書物にはかいてあった」
アリッサは不安そうな目を俺に向けた。
「なるほどな。
それを飲めば、フィリップのやつには俺の企みを読むことが出来ない」
「そうだけど。
薬草が手に入るかどうかも不確かだし」
「手に入るだろう」
モリィに頼めば、なんとかなると思えた。
モリィは高速で遠くまで飛んでいくことが出来る。
アリッサは記憶をなくす薬草の色や形を紙に書いてくれた。
「つらい過去や暴行された記憶を癒やすために使われる薬草でもあるの。
服用し続けると、徐々に嫌な記憶が薄れると言う話よ」
「そうなのか。
いったん、この薬草でなんとか誤魔化すしか無いな。
だが俺は、いずれフィリップと対決しないといけない。
だから、アリッサ、お願いだ。
俺に心を読まれない術のやりかたを教えて欲しい」
その日から、俺とアリッサは、心を読まれないための訓練をはじめた。
「精神を落ち着けることが必要なの。
だからまずは瞑想が必要だと思う。
瞑想は、心を今現在に集中させる。
他のことを考え始めてしまったら、呼吸によって現在に戻ってくるのよ」
「瞑想から始めるのか」
なかなか道のりは遠いように思えた。
だがやらなければ、フィリップと闘うことは出来ない。
俺は真剣に、訓練を始めた。




