【アリッサ】愛してるひと
「お父さま.......」
あたしは父に声を掛けた。
父は椅子に座りボンヤリと宙を見つめている。
その目には光がなかった。
父は北の塔に幽閉されてから、日に日に弱ってきていた。
ウィリアム侯爵のように、口は開きっぱなしになり、身体は小刻みに震えている状態。
あたしが呼びかけても、こちらを見もしない。
だから今日も、きっと父からは反応が無いに違いない。
そう思っていたのだけど......。
「ア、アリッサ......」
父が震える声で、あたしに声を掛けたのだ。
そしてぼんやりしていた父の視線が、あたしの視線としっかり合った。
「お父さま!!」
あたしは父に駆け寄ると、その膝に抱きついた。
「アリッサ......私の可愛い娘......」
父はそういうと、コクリとうなだれて眠り始めてしまった。
「アリッサ......」
背後からお母さまの声がした。
「お母さま!」
あたしは母が横になっているベッドのもとへと歩み寄った。
母のほうは、身体は弱っているけれど、精神は父よりもシッカリしていた。
床に臥せっているため、モルタナを口にすることが父よりも少なく、中毒症状が軽症なのだろう。
だが体力的には父よりも弱っていて、寝床から起き上がることもできない。
「大丈夫なの......アリッサ......辛い目にあってない?」
母は、寝床から手を伸ばし、あたしの手を握った。
「大丈夫よ。お母さま、早く元気になられてね」
あたしは母の背中をゆっくりとなでた。
そのときバタンとドアが開いた。
「アリッサ!!
マーガレットのやつに荷物運びさせられてて、遅くなった」
ミナだった。
走ってきたのだろうか。
頬が赤く上気していて可愛い。
「ミナ。よかった、今日は会えないのかと思ったわ」
あたしは母の寝床のわきから、パッと立ち上がるとミナのそばへと駆け寄った。
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あたしはまた、見張りの兵士を厨房へ厄介払いした。
これでミナと安心して話せる。
ミナは父の顔をのぞき込むと、言った。
「ほんとうだ。
お父上の顔色が前よりも良いようだ。
やはり、モルタナの量を減らしているのが効いてるみたいだな」
「モルタナの量を?
だから、父は回復してきているのね!」
あたしは嬉しくなった。
「そうなんだ。
モルタナを少量にして、無害なモルデンと混ぜるようにしている。
俺は厨房で、モルタナを刻む役割を頼まれているから、こっそり細工してる」
「危ない目に合わないようにね」
あたしは、ミナのことが心配でならなかった。
「大丈夫だ。
今のところバレてない。
......だけど」
「だけど?」
「うん。
軽症な人間は、中毒症状がなくなってくる。
そうなると、やがてフィリップに不審に思われる可能性がある。
だから、そう言う奴らに、俺は掃除をしながら毎日、伝えているんだ」
ミナは真剣な瞳で、あたしに語りかけた。
「あっ......。
ダメだよな。これ以上は言えない。
アリッサは、フィリップに心を読まれてしまうかもしれない」
「なんなの?気になるわ。教えて欲しい。
最近では、あたしは心を読まれないコツをつかみ始めているのよ?
好きな男の人のことをずっと考えるようにしているの」
あたしがそう言うと、ミナは目を丸くして驚いていた。
「えっ......。
好きな男の人.......」
「そうよ。
あたしには......愛している人がいるの......」
頬が熱くなってきた。
なんだか恥ずかしかった。
「フィリップに考えを読まれないように、彼の前ではその人のことばかり考えているのよ。
キスされているときも......身体を触られているときも」
「そ、そうなのか......。
アリッサに想われている男は......そいつは、幸せものだな」
ミナはあたしから目をそらすと、ぼそっと言った。
「だから、大丈夫よ。
うまく、心が読まれないようにしているから。
お願い、教えてちょうだい」
「アリッサがそこまで言うなら......」
ミナはちょっと黙り込むと、こう言った。
「モルタナ中毒から回復してきている奴らに......俺はこう伝えているんだ。
時が来るまで待て。
反乱の時期は近い。
時が来たら合図をするから、それまでは狂人のフリをするのだ。
そう伝えている」
「ミナ......」
あたしは驚いて目を見開いた。
「反乱の時期は近い」
そう言ったミナの姿が、レンの姿に重なったのだ。
神様は、レンの代わりに、ミナをあたしのもとへ授けてくださった。
ミナは、勇敢でとてもたくましい。
「でも......ミナ......。どうして、どうしてそこまでしてくれるの?
危険を犯してまで.......なぜなの」
「俺の......」
ミナはそういうと、あたしから目を逸らして恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「俺の愛している人が、この城に捕らえられているんだ。
だから、救いたい。それだけだ」
「まぁ!!
そうだったのね。
恋人なの?兵士とか?」
あたしが驚いて聞くとミナは
「恋人じゃない。
俺が一方的に愛してるだけだ」
といって寂しそうに首を横に振った。
「そうなのね。
でもきっと、その人もミナに夢中なはずよ。
ミナはとっても可愛いもの」
「そんなことない......」
ミナは耳まで真っ赤になっていた。
ものすごく可愛い。
こんなに可愛い女の子が、愛する人のために命がけで戦っている。
あたしはミナから、勇気をもらった。
 




