【レン(ミナ)】
地下牢の石壁に一部崩れ落ちている場所があった。
煉瓦をひとつ外すと、モロモロと崩れ落ちて、後ろにぽっかりと空間が空いた。
(ここなら、バレないよな)
俺はその空間に、行商人から買い取った「モルタナ」半年分をすべて隠すことにした。
「もう少し、煉瓦を隙間なく埋めたほうがいい」
ディルも隠すのを手伝ってくれた。
「ディル、ありがとう。
そろそろ訓練に戻ったほうがいいんじゃないか」
「いや、いいんだ。
今日は休暇を取ったんだ」
「休暇......へえ
兵士には休暇なんてあるのか?
こっちは休み無しで働いてるぞ」
俺は口を尖らせて、ディルを見た。
「ミナ......。
いろいろと聞きたいことがある。
ここで話していても良いんだけど、臭いし」
「そうだな。だいぶ臭う」
思わず呼吸を止めたくなるほど、汚物の異臭があたりをただよっていた。
こんな不衛生なところに、モルタナを隠すのもどうかと思うが、他に安心できる場所がなかった。
「俺の部屋で話さないか」
「えっ?
ディルの部屋?」
ヤツは俺の手を引っ張って歩き始めた。
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「ディルの部屋って、個室なのか!」
ディルに手を引っ張られて、兵舎の隅にある小さな部屋に連れて行かれた。
ベッドと机だけ。
飾り気のない簡素な部屋だったが、個室だった。
「今はみんな、訓練中だ。
だから兵舎には誰もいない。
安心して話せるぞ」
たしかに周囲は静まり返っていた。
「狭いけど、いい部屋じゃないか」
あたりをキョロキョロと見回す。
「兵士は大勢で雑魚寝するものじゃないのか?」
「俺は、ここの隊の副隊長に昇格したんだ......。
だから個室がもらえている」
「そ、そうなのか。
副隊長とはすごいな」
ディルはこんなに寝心地の良さそうな個室のベッドがあるのに。
それなのに、俺のために馬小屋の外で寝ていたというのか。
今日だって、わざわざ休暇まで取って、手伝ってくれたんだ。
ディルは、いいヤツだ。
いいヤツだからこそ......これ以上、利用してはいけないような気がしてきた。
「話ってなんだ」
俺はベッドに腰掛けながら、ディルに尋ねた。
「モルタナ......って言ってたよな。
あの葉っぱ。
どういうことなんだ?
いったい、ミナは何をしようとしてるんだ?
それにあの金貨の山......。
どうして使用人なのにあんなに金を持ってる?」
「......」
俺とディルは、しばらく無言で見つめ合った。
「秘密だ。
ぜんぶ秘密」
ディルから視線を外すと、俺はそう答えた。
ディルは
「俺のこと、信用してないのか」
と寂しそうに言う。
「信用してるから手伝ってもらった。
ただ、詳しく話せば、ディルの身に危険が及ぶ。
これ以上、ディルを巻き込みたくないんだ」
「俺はすでに十分、巻き込まれてると思うけどなぁ」
ディルはそう言うと、ベッドに腰掛ける俺の隣に、ドスンと座った。
「キス......させてくれるって言ったよな」
しまった。
そうだった。
そんな約束をしたんだった。
ついつい自分が「女」であることを忘れて、のこのこと男の部屋に着いてきてしまった。
これでは相手も期待してしまう。
ディルはとつぜん、俺の肩を押すとベッドに押し倒した。
「ちょっと待て!
ディル.......」
どうしようかと思った。
俺の正体をディルに言うか。
俺は実は男で、レン・ウォーカーだということを。
そうすれば、ヤツの気持ちが一気に冷めるのは間違いない。
だが真実を言えば、逆上してあっという間に殺されるか、大蛇に差し出されるかもしれない。
ディルは、タダールの兵士......それも副隊長。
俺の敵だ。
「ディル、やめろ」
やつは暴れる俺をの両手を押さえつけて、顔を近づけてきた。
ディルは力が強い。
女体化した俺には、とても抵抗できそうになかった。




