【アリッサ】
「もう城にもどらないと」
あたしはミナに言った。
ミナは大きな黒い瞳で、心配そうにあたしを見る。
彼女は、赤いリボンを首に巻いていた。
昨日、あたしが彼女の髪に巻いたリボンだわ。
細くて白いミナの首に赤いリボンがくっきりと映えていた。
(とても似合ってる)
不思議だわ。
ミナとは出会ったばかりなのに、深い絆を感じる。
「ミナ、気をつけてね。
絶対に無理はしないで」
もう一度、彼女を抱きしめる。
「うん。アリッサも気をつけるんだよ?」
ミナはそう言うと、あたしの頭をまた優しく撫でてくれた。
まるでレンのよう。
彼女はレンを思い出させる。
彼に会いたくてたまらなかった。
「いけない、忘れるところだった」
あたしは、自分の首からネックレスを外した。
「金の鎖よ。
それに希少なルタナイトの石が使われているの。
これでモルタナを買うのよ。
でもほんとに、無理はしないで......」
ミナの手に、ネックレスを押し付けた。
「でも、アリッサの大事なネックレスじゃないのか?」
ミナがネックレスを眺めて言う。
「お嬢さま、食べ物をお持ちしました」
そこに兵士が厨房から果物の乗った皿を持って戻ってきた。
あたしがミナに目配せすると、彼女は慌ててあたしの渡したネックレスをズボンのポケットに入れた。
「ありがとう。果物はそこに置いて。
両親が食べるわ。
あたしは、そろそろ、城に戻らなければ」
ミナにそっとウィンクすると、あたしは両親の部屋をあとにした。
(モルタナのこと......ミナに全て任せてしまった。
大丈夫かしら。
もしも彼女になにかあったら、あたしは......)
不安で仕方がなかったけど、もう動き出してしまったのだ。
いまさら後戻りはできない。
神様、ミナをお守りください。
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城の長い廊下を自分の部屋に向かって、考え事をしながら歩いていた。
ミナの可愛らしい笑顔を思い浮かべる。
お風呂に入ったときは、異様に恥ずかしがっていたわ。
あたしの方を見ないように一生懸命だった。
思わずクスッと笑いが漏れてしまう。
「ミナっていう友だちができたのか?
ずいぶんと可愛らしい娘じゃないか」
背後からそんな声が聞こえてきて、あたしは凍りついた。
(大変......。フィリップに考えを読まれてしまった!?)
「一緒に風呂まで入ったのか」
振り向くとフィリップがあたしの背後に立っていた。
あたしはすぐに、ミナのことを考えるのを止めた。
そして、頭の中をレンのことでいっぱいにする。
彼と過ごした日々......。
彼の優しい笑顔。
「俺に考えを読まれないようにしてるな?」
フィリップはあたしのことをじっと見つめる。
「なにか隠してるのか?」
「......な......なにも隠してないわ」
あたしは彼から目をそらす。
「来るんだ」
フィリップがあたしの手を強引に引っ張って、歩き始める。
「痛いわ、離して」
食堂に連れて行かれる。
フィリップはいつもの自分の席についた。
「俺は腹が減った。
食事の用意をしてくれ」
彼が使用人に命じると、彼らは黙って頷いて、準備を始めた。
「アリッサ、食事の準備ができるまで話そう。
さっきの、ミナ......という娘について」
「話すことはなにもないわ。
使用人と少し仲良くなっただけよ」
彼と目を合わさないように、あたしは目を伏せた。
頭の中はレンのことだけに集中する。
だけど......別のことを考えてしまいそうで......怖くて冷や汗が吹き出る。
「こっちへおいで」
フィリップの声に、ビクッと身体が震える。
「いやよ」
あたしは首を横に振る。
「来るんだ。
言うことを聞かないなら、両親を処刑するぞ」
「......」
あたしは黙って、椅子に座るフィリップのもとへと重い足取りで向かった。
「何を考えているんだ」
「分かるでしょう、レンのことよ」
フィリップは立ち上がると、あたしを抱き上げた。
「あっ......やめて、なにするの」
あたしは震える声で抗議する。
「可愛いアリッサとの時間だ」
彼は椅子に座るとあたしを横抱きにして膝の上に乗せた。
壁際には2~3人の兵士が立っていて、あたしたちの様子を見ている。
フィリップも、壁際の兵士に目線を走らせた。
「あの真ん中に立ってるやつ......あの兵士はアリッサのことが好きみたいだぞ。
頭の中でしょっちゅう、アリッサのことを素っ裸にして想像してる」
指さされた兵士は、恥ずかしそうに目を伏せた。
「右端に立ってるやつも、俺達がイチャイチャするのをいつも楽しみにしてるようだ」
「.......」
あたしの頬に血がのぼる。
カッと顔が熱くなった。
フィリップは赤くなったあたしの頬に触れる。
「男なんて、みんなそうだ。
欲望の塊だ」
「ちがうわ......。レンは違う」
「違うとしたら、アリッサのことを女として見てなかったんだろうな」
彼はそう言うと、あたしにキスをする。
「アリッサはここにキスすると声が出るんだ」
そういうと、あたしの首筋にキスをして、体を触ってくる。
「......あっ......んっ」
声が思わず出てしまう。
「ハハハ、兵士たちが、もっとアリッサの可愛い声が聞きたいと言ってる」
「お願い、もうやめて」
あたしの頬から涙が流れ落ちた。




