表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/255

【レン(ミナ)】


早朝の厨房は、予想通り人けが無く静まり返っていた。


(なんか、食いもん無いかな~?

腹減った)

俺はキョロキョロとテーブルの上に視線を走らせる。

しかし食べ物は盗まれないように、鍵のかかった棚にしっかりしまい込まれている。


(クソッ)

グルグルと鳴りまくる腹をおさえる。


そんなことよりも、「帳簿」だ。

帳簿を探さないと。


厨房の奥。

いつもマーガレットが座っている丸椅子の近く、引き出しの中を探る。

前にマーガレットがこの引き出しの中の紙束を見ていたのだ。


(あった、あった......これが帳簿だな)

帳簿には業者の氏名、そして野菜や果物などの名称、さらに日付が書かれていた。


(モルタナ......モルタナはどこだ......。

あった、これだ)


帳簿に「モルタナ」と書かれた行を見つける。

そして供給している行商人の氏名と、次に来る日にちを素早く頭にインプットした。

(やったぞ!

あとはこの行商人をディルに捕まえてもらえば......)


そのとき、厨房の入口のほうから使用人たちの話し声が聞こえてきた。

「おはよう」などと言い合っている。


俺は慌てて帳簿を引き出しにしまった。


------------------------


午後になるとアリッサが北の塔へと現れた。


「アリッサさま......今日もお美しいわ」

使用人たちは、彼女のことを遠巻きに眺めている。


(アリッサはこの城のアイドルみたいだな)


ふとアリッサがキョロキョロと誰かを探しているのに気づいた。

やがて俺のことを見つけて、じっと視線を向ける。

そしてにっこりと笑った。


(俺のこと、探してたのか)

アリッサの様子に嬉しくなって胸が高鳴る。

(でも、アリッサが探していたのは「ミナ」なんだよな。

レン・ウォーカーのことなんか、すっかり忘れているのかも......)

そう思うと、なんとも言えない寂しい気分になったのだった。


----------------------


アリッサの両親の部屋に行くと、彼女は俺を待ち構えていたかのように椅子から立ち上がった。

「ミナ、会えて嬉しいわ。

でも今日はフィリップが城にいるの。

だからここに長居はできない......」

暗い声で言う。


「そうなのか。

アリッサ、大丈夫なのか。

あいつにひどいこと、されてないか?」


心配で胸が張り裂けそうだった。

今すぐにでもアリッサを連れ去りたい。

だが、ヤツを殺さないと、きっとどこまでも追いかけてくるだろう。


「あたしは、あと3ヶ月もしたら、あの男の妻にならなければならないの。

け、結婚したら......子どもをたくさん産めって言われているわ......」

アリッサはそう言うと、自分の身体を抱きしめて震え始めた。


「結婚するまでは、子どもを作るような行為はしないって言ってた。

でも触られたり、キスされたりするの......。

ミナ......あたしとても怖い」

彼女は涙目で俺を見た。


「アリッサ!!」

俺は彼女に駆け寄ると、ぎゅっと抱きしめた。

「あんなやつと結婚させたりなんかしない。

安心しろ」

「ミナ......」

アリッサは俺の背中に手を伸ばすとぎゅっと抱きついた。

彼女の頭をそっと撫でて、落ち着かせてやる。


するとアリッサは俺の顔をパッとみた。

「どうした?」

アリッサに聞くと

「ミナに頭をなでられると、不思議な気持ちになるわ」

と彼女は言った。


「なんだか......ミナは......あたしの大切な人を思い出させる」


(その大切な人って......もしかして......俺のことだろうか)

だとしたら、すごく嬉しい。

俺はアリッサの頭をなで続けた。


------------------------


アリッサは両親の髪を梳かし、体を拭いたあと俺の方に向き直った。


「ミナ......昨日の話の続きがあるの」

そういうと、背後に控えている兵士に目をやった。

「あなた......、悪いんだけど、厨房へ行って何か食べ物を取ってきてくださらない?」

「ハッ......しかし......」

「お願い」

アリッサが言うと兵士は渋々、部屋から出ていった。


「兵士がすぐに戻ってきてしまうわ。

モルタナのことよ?」

アリッサは低い声で早口で話し始めた。


「モルタナの供給を急に止めると、深い中毒症状を起こしている人間には命取りになるの。

少しずつ量を減らしていかないと、突然止めるとショック死を起こしてしまう。

ウィリアム公爵はとくに強い中毒を起こしているから、飲むのを止めると死んでしまうかもしれない」


「......そう......なのか」


「だから、モルタナを売りに来る行商人から、あらかじめ買い取って置くのがいいと思う。

そして、みんなに供給する量を、あたしたちが調整するの。

深い中毒をおこしている者には、少しずつ量を減らしていく」


「なるほどな。

行商人から、俺達があらかじめ買い取ってしまうのか。

それなら、商人の方も金がもらえるんだから、大騒ぎはしないだろうな」


「そうよ。

そのうえで」

アリッサは、俺に近づくとさらに低い声で言った。


「モルタナにそっくりな見た目の薬草があるの。

モルデンと言う名前なのよ。でも毒性が無い、無害なの。

そのモルデンにすり替えてしまうのよ」


「すごい、アリッサ、すごいぞ」

俺は彼女に感心した。


葉っぱをすり替えてしまえば、厨房の奴らにも気づかれないだろう。

なにもかもが、うまくいきそうだ。


「毒性のあるモルタナはハート型。

無害なモルデンは丸い形なのよ。覚えてね」


「アリッサ......頭が良いな。

だけど、あとは俺に任せてくれ。

アリッサがこれ以上、この計画に深く関わって、フィリップのやつにバレたら大変だ。

計画が丸つぶれになるし、アリッサがフィリップに何をされるかわからない」


「そうね......。

あの男は......人の心が読めるのよ。

信じられないかもしれないけど、ほんとなの。

だから私はあの男の前では、一つのことしか考えないようにしているの」


俺は深くうなずいた。

アリッサも、フィリップが人の心を読めるということに、気づいているんだな。


(アリッサの言う通り。

なにか一つのことに精神を集中させれば、考えを読まれにくい。

だが、それには高度な訓練が必要だ......。

アリッサは大丈夫だろうか)


アリッサのことが心配でたまらなかった。


北の塔にまん延している中毒を解消している場合じゃないのかも。

こんなことしてないで、すぐにでも城に乗り込んで、大蛇の心臓に短剣を突き立てるべきなのかも。

だがフィリップの周囲には何重もの警備がなされている。


失敗すれば俺はあの世行きで、アリッサは大蛇と結婚する道が待ち受けているのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ