【レン(ミナ)】
「抱かせてくれ」
と言って、ディルは俺の目をじっと見た。
「そんな交換条件を言うなんて、ひどいぞ」
俺はディルから目をそらすと言った。
「行商人と話したい......手伝って欲しい......そう頼んでるだけなのに」
ディルがハハハと静かに笑った。
「ひどいか?」
「ひどい。
俺のこと売春婦か何かだと思ってるのか?」
チラッとディルに視線を戻して、ヤツのことをにらみつけた。
「そんなこと、思ってないよ」
ディルは手を伸ばすと、俺の髪の毛についたリボンに触れた。
風呂上がりにアリッサがつけてくれた真っ赤なリボンだ。
「ミナのことが好きすぎて、口から出てしまったんだ」
ディルは俺のアゴをぐいっと指先で持ち上げた。
「それじゃあ......キスは?」
「えっ?キス?」
「ミナの頼みごとをきくから、ご褒美にキスさせて欲しい。
街の商人を拘束するんだ、服務規定違反だし見つかれば罰を受ける。
それなりの危険を伴うんだから、褒美が欲しい」
「わ、わかった。
キスならしてやる」
俺がそう言うと、ディルの目が嬉しそうに光った。
ヤツは、顔を傾けるとキスしようとしてきた。
俺はヤツの肩を両腕で押して、自分から引き剥がした。
「なんだよ.....。
キスしていいんだよな?」
ディルが目をパチクリさせる。
「ダメだ。キスは成功報酬だ。
無事、商人との会話が済んだら褒美をやる」
「.......分かったよ」
ディルはにやりと笑うと、立ち上がった。
自分の尻を叩いて、干し草をはらっている。
「それじゃ、話したい商人の名前が分かったら教えてくれ。
明日の夜、またここに来る」
ディルはそういうと、馬小屋から出ていった。
俺は身体がムズムズし始めていた。
そろそろ、男に戻る時間だった。
(あいつとキスする約束をしてしまった。
いくら女体に変化してるとは言え.......あいつとキスか。
だが、打倒・大蛇のためだ。仕方がない)
そんなことを思いながら、俺は眠りについた。
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翌朝。
俺は女体に変化する薬を飲むと、寝床で伸びをした。
干し草のうえに真っ赤なリボンが落ちているのに気づいた。
(アリッサにもらったリボンだ。
取れてしまったんだな)
自分でリボンを髪の毛にくくりつけようとしたが、うまくいかなかった。
(くそ、どうやって結べばいいんだ?)
仕方なく俺は、赤いリボンを首に結んだ。
今朝は、少し早めに北の塔へと向かうつもりだった。
早朝の誰もいない時間帯に、厨房に行き、行商人の「名簿」を見たかったからだ。
馬小屋を出ると、外の土壁によりかかるようにしてディルが寝ているのを見つけた。
あどけない顔で、眠りこけている。
(俺のことが心配で、こんなところで寝ていたのか)
ディルは本気でミナのことが好きなんだな。
俺の胸がチクリと痛む。
俺はあいつの恋心を利用している。
長くダマし続けたら、あいつはより一層、傷つくだろう。
ディルごめんな。
俺はヤツを起こさないようにそっと、その場を立ち去った。




