【レン(ミナ)】
「ふふふ、ミナは女の子なのに自分のこと”俺”......って言うのね」
アリッサが笑った。
「お、俺の生まれた地方では、女も自分のことを”俺”と言うんだ」
そう言って誤魔化した。
ふと、思う。
大蛇の暗殺に成功したら、俺の正体をアリッサに明かすことになると思う。
彼女は、俺と一緒に風呂に入ったことを知って、どう思うだろうか。
......気持ち悪い!
と言って、彼女は俺のこと引っぱたくかも。
いや、叩かれて当然だよな。
彼女の身体を変な目でみた自分に嫌気が差す。
ごめん、アリッサ......。
ほんとにごめん。
風呂から上がり、ふわふわのタオルで髪の毛を拭く。
極上のタオルなのか、髪や身体から水分がどんどん吸い取られていく。
風呂の隣の小部屋に入ると、侍女が一人、待機していた。
「お嬢さま、お背中がまだ濡れております」
「ありがとう、アンナ」
アリッサは、侍女が用意した新しいドレスに袖を通す。
アンナと呼ばれた侍女は、チラッと俺の方へ視線を向けた。
「こちらのお方は......」
「ミナよ。北の塔で働いているの」
身体が乾いた俺たちは、アリッサの部屋へと移動した。
「お呼びいただければ、お風呂のお手伝いをいたしましたのに。
それに北の塔へも、わたくしお供いたします」
「いいのよ。
アンナは、北の塔を怖がっていたじゃない」
「ですが......なんだか不安です」
「兵士がいつも見張っていてくれてるし、北の塔は、なんの危険もないわ」
アリッサは侍女に向かって優しく微笑んだ。
「アリッサ、さっきの話の続きをしてもいいか?
......その、風呂で......俺はアリッサの味方だ......と言っただろ?
あの話の続きなんだけど」
俺がそう言うと、アリッサは、アンナに視線を向けた。
「アンナ。
厨房から果物を取ってきてくださる?」
「かしこまりました」
アンナはそう言って頭を下げると、アリッサの部屋から出て行った。
「さっきの話の続きって......フィリップを失墜させるっていう話よね?」
アリッサは窓辺によると、カーテンをシャッと閉めた。
「そうだ。まずは北の塔の呪いを解きたいと思ってる」
アリッサは勢いよく俺の方へと振り返った。
「ミナは、呪いを解くことが出来るの!?」
「簡単なものなら......」
「すごいわ」
アリッサはベッドに腰掛けている俺の方へ走り寄った。
「ミナ、髪の毛を梳かしてあげたい。
ここに座って」
大きな鏡の前の椅子を指差す。
「いいよ、俺の髪なんか」
「ここに座りなさい」
アリッサは、一度決めたら強情で、言うことを聞かなかった。
大きな鏡の前に座る。
マジマジと女体化した自分の顔を見た。
パッチリした大きな目。
白い肌に赤いくちびる。
胸も大きい。
確かに、女の俺は可愛いのかもしれない。
下手したら、胸なんかはアリッサのより大きいのかも。
でもアリッサのはすごく形が良くて......。
アリッサの裸が俺の脳裏によみがえる。
何考えてんだ。
俺は一人で顔を赤くした。
バカにもほどがある。
そんなことより
「アリッサ。
俺は呪いに詳しいんだけど。
でもあの塔の人間がなんの呪いにかかっているのか、さっぱり分からないんだ」
「......あたしも、アレは呪いではないと思い始めてるの。
あのような症状の出る呪いは、どの書物にも記されていなかったわ」
(そうだった。アリッサは読書家だった)
「呪いじゃないとしたら、なんなんだろう。
なにかの......病気?」
「様子から言って、なにかの中毒じゃないかと思うの」
アリッサが言った。
「中毒......」
たしかに狂人たちは、「アレが欲しい」「アレはまだか」と口走っていることがあった。
「あの紫色の葉っぱ......」
俺はぼそっと呟いた。
俺の髪を梳かしていたアリッサの手が止まった。
「紫色の葉っぱ?」
「狂人たちのお茶に入れられていたんだ。
みたこともない紫色の葉っぱで......あれが原因だとしたら」
「その葉っぱって、もしかしてハート型じゃなかった!?」
アリッサが大きな声で言った。
「そうだ!ハート型だったよ」
アリッサの櫛を持つ手が震えていた。
「それは......中毒や幻覚の症状を引き起こすモルタナという毒草よ。
植物学の本で読んだことがあるの。
一度口にすると、トリコになってしまい止められなくなる......」
「そうか......。
あの葉っぱが原因なのか」
「モルタナを飲ませないようにすれば、きっとみんな回復する」
アリッサの目に涙が浮かんでいる。
鏡越しに俺とアリッサの目が合った。
アリッサは俺を後ろからフワリと抱きしめた。
「ありがとう、ミナ。
こんなに明るい気持ちになったのは、本当に久しぶりよ。
あなたのお陰だわ」
「まだ礼は早い。
モルタナを城に供給している業者と話す必要があるな......」




