【アリッサ】
あたしは北の塔で出会った使用人の......ミナ。
あの子のことが、なぜか頭から離れなかった。
あたしと同い年くらいかしら。
黒髪に真っ白な肌の......お人形さんみたいで、すごく可愛い子だった。
言葉づかいが乱暴だったけど、そんなのどうでもいい。
それにあの子の目、レンの目にそっくりだったわ。
吸い込まれるような漆黒の瞳。
彼女はレンと血筋が似ているのかもしれない。
彼女の目を思い出していると、レンのことが頭に浮かんで、あたしは泣きそうになった。
彼の優しい笑顔。
いつも頭を撫でてくれる大きな手。
もしもレンが生きていれば、今ごろ、このお城へ助けに来てくれるはず.......。
来てくれないってことは、やっぱり彼はもう......。
そう思うと涙がボロボロ出てくる。
悲しそうにすると、大蛇のフィリップを喜ばせるだけなのに。
フィリップは近隣の諸侯と宗教行事に出るとかで近頃、日中は忙しくしていた。
彼が城にいないとホッとする。
彼がいないスキを狙って、あたしは北の塔へと足を運ぶことにした。
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北の塔の両親の部屋へ行くと、ミナがあたしを待ち構えていた。
「また会えたわね。
嬉しいわ」
ミナはあたしと目が合うと
「会えたな!あたしも嬉しい」
と言ってニッコリと笑った。
両親の部屋はミナのお陰で、キレイに整っていた。
床はきれいに掃き清められ、ベッドの下まで、拭き掃除がなされているようだった。
「お父さま、お母さま。
今日は、お加減いかがですか」
声を掛けたが、返事はなかった。
父は、どこか一点、遠くを見つめたまま反応がない。
母は寝たきりになってしまった。
侵略されて、囚われたショックもあるとは思うけど、もともと父は精神的に強いはずだった。
父は武人としても有名で、国王軍に加勢したときは、先陣で軍の指揮や統率を行えるほどだった。
それが短期間でこんなに弱ってしまうなんて。
やっぱり呪いがかかってるとしか思えない。
「あら?窓辺に何かおいてある」
あたしは窓辺に、小皿が置いてあるのに気づいた。
「干からびたトカゲだわ......!
これって」
窓際の小皿には、干からびたトカゲの死骸が置かれていたのだ。
「これって、ミナ......あなたが置いたの?
干からびたトカゲはお守りになるのよね?」
「そうだ。
少しでも彼らを守りたくて」
ミナはにっこりと笑う。
あたしは懐から、レンにもらったトカゲのお守りを取り出した。
自分で作った布の小袋に入れてある。
「トカゲのお守り......あたしも持ってるの。
大事な人に昔もらったのよ」
ミナはあたしの手の上のお守りを見て、目を丸くした。
「アリッサ......」
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「ミナ。
もう少し近くに来て」
「えっ、なんでだよ?」
あたしはミナを近くに呼んだ。
彼女の髪の毛に鼻を近づける。
やっぱり......臭うわ。
彼女の髪や身体からは、汗とホコリの混じった臭いがした。
「ミナ......。
気を悪くしないでね、少し......臭うの」
「んー。しばらく風呂に入ってないからな。
それどころじゃなかったし......」
ミナは、自分で自分の身体の匂いをクンクンと嗅いでいる。
「確かに臭いかもな。
これでも普段はキレイ好きなんだけど」
と言いながらションボリしている。
こんなに可愛い子なのに、キレイにしていないなんて勿体ない。
彼女の髪の毛に自分の指を通してみた。
櫛を入れれば、ツヤツヤで綺麗な黒髪なのに、干し草がいくつも絡まっている。
彼女の頬にそっと手を触れた。
柔らかい頬にはうっすらと泥の汚れがついている。
ミナはあたしに触られて、顔を真赤にすると目をそらした。
「やめろって。
不潔にしていても死にはしない」
(ふふふ。
恥ずかしがってる。可愛いわ)
このままだと、せっかくのきれいな肌に吹き出物ができてしまうじゃない。
あたしはそう思った。
「すぐにお風呂に入りましょう」
「えっ。でもそんなヒマ無い。
このあと、厨房の手伝いがあるんだ」
「そんなのダメよ。
あたしがここの責任者に話すわ。
責任者は誰なの?
誰に言えば良い?」
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「アリッサ様......
この使用人がなにか失礼をしましたでしょうか」
マーガレットと呼ばれる北の塔の責任者は、あたしの顔を見ると目を丸くしていた。
ひざまずき、頭を深々と下げている。
厨房の使用人たちが一斉に、こちらをみる。
「頭を下げないで。
それにミナは何も悪くないの。
ただ、午後の時間、彼女を借りていいかしら?」
「そ、それはもちろん可能でございます。
......ところで......ミナに何をお申し付けるおつもりで?」
マーガレットは頭を下げたまま、あたしに尋ねる。
「彼女をお風呂に入れたいの。
......ダメかしら?」
「も、申し訳ございませんッ。
ミナが不潔だからということですね!?」
「違うのよ、ミナは悪くないの。一生懸命仕事をしてくれてるのよ。
だから、ご褒美にキレイにしてあげたいだけなの」
あたしがそう言うと、マーガレットはようやく納得してくれた。
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ミナと二人、北の塔から出て城のほうへと向かう。
「風呂なんて、いいのに。
どうせまた、すぐ汚くなるしな。
アリッサと一緒にいられるのは嬉しいけどさ」
ミナは少し口をとがらせてあたしを見る。
「身体が汚くなったら、また一緒にお風呂に入ればいいのよ」
あたしはミナに向かって微笑んだ。
「えっ!?
ちょっと待て。
今なんて言った?」
「だから......汚れたらまた、お風呂に入ればいい......って言ったの」
「ちがう。
一緒にお風呂に入れば......って。
一緒ってどういうことだよ?」
「ミナは今からあたしと一緒にお風呂に入るのよ。
きれいに洗ってあげたいの」
あたしがそう言うと、ミナは顔を真赤にしてブンブンと首を横に振った。
「アリッサと一緒に入らないぞ!」




