【レン(ミナ)】
(アリッサと会えた!
しかも、次に会う約束までした)
嬉しくてたまらなかった。
彼女は俺が「レン」だってことは分かってないけど。
それでもいい。
アリッサ。
少し痩せて、疲れた顔をしていた。
そりゃそうだよな。
故郷から遠く連れ去られて、幽閉された両親はいまにも発狂寸前。
大蛇の妻になる未来が、彼女を待ち構えているという状況......。
誰だって不安になるし、怖くて逃げ出したくなるはずだ。
むしろ、アリッサは強い。
気丈にふるまってる。
一日でも早く、大蛇を暗殺しアリッサを救い出さないと。
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夜になった。
エルフのリアムにもらった「女体化」の薬。
だいたい24時間はもつようになっている。
もう少しで、薬が切れる時間だった。
厨房を抜け出したことで俺はマーガレットにひどく怒られた。
あの意地悪ババァは
「お前はここで寝るんだ」
と俺に馬小屋の片隅を指さした。
「なんでだよ。
ほかの下女たちは、ちゃんとした人間が寝る部屋で寝てるじゃないか」
俺は口を尖らせて抗議した。
下女たちは部屋が割り当てられ、6人や3人一組で寝ているようだった。
「あいにく下女の部屋は満室なんだ。
空きがでるまで、お前はここだ。
せいぜい夜中に兵士の連中に襲われないように気をつけるんだな」
「ちッ」
俺はマーガレットに向かって思い切り舌打ちしてやった。
馬がブルブルと首を振り、鼻汁が飛んできた。
(だが......。
考えようによってはここで寝るほうが良いかもな。
男に変化するのをほかの下女たちに見つからずに済むんだから)
馬小屋のすみに干し草をあつめて、その上に座り込んだ。
柱の間から満月が見えた。
「御主人さま~」
ふいに肩口からモリィの声が聞こえてきた。
暗闇の中で羽をパタパタさせて、満面の笑みのモリィがふわふわと宙を舞っていた。
「あぁ、モリィか。
今日はありがとう。
助かったよ」
「このお城......とても邪気が強いです。
人間たちがそれに影響されて常にイライラしています」
モリィが言う。
「うん。
この城はいま邪悪なるものに支配されているからな。
邪気が飛び交っている。
この空気では、ささいなことで殺し合いが起きても不思議ではない。
お前は邪気に影響されて、体がツラくないか?」
妖精はどんな悪人にたいしても攻撃や反撃することはできない。
攻撃性をもたない、心優しき神の使いだった。
そして周囲の人間の憎しみや苛立ちに影響されやすい。
モリィが消耗しないか心配だった。
「大丈夫でございます。
でもいったん、夜の間はこの場を離れ、近くの森で癒やされることといたします」
「分かった。気をつけるんだぞ」
モリィはうなずくと、ふわっと羽を揺らして夜の闇に消えていった。
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俺はうとうとしていた。
寝ている間に、男に変化するかもしれない。
そうしたら、朝......女体化の薬を飲まないとな......。
「......ミナ」
名前を呼ぶ声がする。
男の声。
俺の髪を撫でる大きな手。
「......ッ!?誰だ」
俺はバッと身体を起こした。
「ごめん。
俺だよ。昼間、会っただろ?ディルだ」
「ハッ!?ディル!?」
俺は慌てて自分の身体を眺めた。
(......よかった。まだ男に変化してない!)
「なんだ。夜這いに来たのかよ」
俺がそう言うと、ディルはニヤッと笑った。
ヤツは手に持っていたランプを地面に置いた。
「......そうだ......と言ったら、どうする。
お前は抱かせてくれるのか」
そう言いながら、俺のそばに座り込んだ。
「嫌に決まっているだろう!」
俺はのけぞって大声で叫んだ。
ディルがハハハと笑う。
「ほかの下女たちに聞いたら、ミナは馬小屋で寝てるって言うから。
心配だな。
こんなところで寝るなんて。
ミナは可愛いから、兵士に狙われるかもしれない」
ディルは俺の頬にそっと触れる。
俺はディルの手を振り払った。
「ほっとけ。
俺.....あたしは大丈夫だ」
体がむずむずしてきた。
今にも男に......レン・ウォーカーに戻りそうな気がする。
(ヤバい。
ディルに見られたらマズイ)
俺はうわずった声で言った。
「とにかく城での初日でへとへとなんだ。
一人にしてくれないか。
疲れすぎて、もう気を失う寸前だ」
「分かったけど。
もし襲われたりしたらと思うと不安だ。
異変がすぐ分かるように、俺も今夜は近くで寝ることにする」
ディルはそう言うと、ようやく立ち上がった。
(一緒に寝るとか言い出さなくてよかった)
ホッと安堵のため息が出る。
ディルはタダール城の兵士になった。
敵側の人間だ。
正体を知られるわけにはいかない。
俺の体は、やがて男の体にもどりはじめた。
ディルのやつ、女の俺のこと、好きになったのか。
ただ欲求を満たしたいだけなら、乱暴すればいいだけのこと。
それなのにあいつは、俺を襲おうとしなかったな。
それどころか、心配そうにしていた。
もしかしてヤツはミナのことを本気で好きになったのか......?
この事態に思わず笑いがこみ上げながらも、ちょっと心配になる。
あいつ......。
ミナ・マルケスの正体が俺だと知ったら、どんな顔するだろう。
黙っていたことに怒って、殺されるかもしれないな。




