【レン(ミナ)】
午後になり、アリッサが北の塔にやってきた。
「アリッサ様だ」
「なんとお美しい」
使用人たちはザワザワとしながら彼女を遠巻きに眺めている。
俺の前には人だかりができてしまっていた。
(くそ。全然見えない)
人だかりが邪魔して、アリッサの姿がまったく見えなかった。
(くそ。アリッサをひと目見たいのに。
そうだ!
アリッサはきっと、両親の収容されている部屋へ見舞いに行くんだろう。
先回りして行ってみよう)
俺は塔の中央階段に向かおうとした。
だが、首根っこをマーガレットに捕まえられてしまう。
「どこ行くんだい?
まだ夕飯の準備が終わってないよ!
大鍋にシチューを作るんだ」
「え~っ」
俺は不平をもらした。
数分後。
マーガレットが目を離しているスキに、なんとか厨房を脱出。
「ミナは?
あの子はどこ行ったんだい?」
と怒鳴るマーガレットの声が聞こえたが、俺は気にしなかった。
「はぁっ、はぁ、」
女の体はどうしてこうも、動きが重いんだ。
しかも疲れやすい。
中央階段を駆け上がり、ベルナルド夫妻が収容されている部屋へと走る。
「お父さま、お母さま......お加減はいかがですか」
中からアリッサの声が聞こえた。
(アリッサの声だ!
......ようやく、会える)
バァン!!
扉を勢いよく開いて、俺は夫妻の部屋へと飛び込んだ。
アリッサは大きな音に驚いてこちらを振り返った。
「アリッサ!!」
彼女は驚いて目を丸くして俺のことをじっと見ていた。
少し......痩せたみたいだけど、変わらない......俺のアリッサ。
綺麗なブロンドの髪の毛に、優しい茶色い目。
真っ白な肌に、桃色の頬。
アリッサの肌によく似合う淡い水色のドレスを着て、青い宝石のネックレスを身につけている。
「アリッサ......会いたかった」
思わず言ってしまってからハッとする。
俺はいま、【ミナ・マルケス】じゃないか。
女に変化してるんだ。
だから、アリッサには俺が【レン・ウォーカー】だとは分からないに決まってるのに。
案の定、アリッサは首を傾げて俺をじっと見ていた。
「どなたかしら。
お会いしたこと......ありましたか」
「俺はっ......」
レンだ。
レン・ウォーカーだと言おうとして思わず言葉に詰まる。
........言わないほうが良い。
大蛇は、アリッサのごく身近にいる。
大蛇は人の心を読むことが出来るのだ。
アリッサに俺の正体を明かせば、彼女の心のなかに俺の姿が宿る。
そうなれば、大蛇に筒抜けになるのは明らかだった。
「俺は......いや、あたしは下女のミナだ。
掃除係なんだ......」
小さな声で言った。
アリッサに自分の正体を明かせなくて、つらい。
だが、彼女の元気そうな姿が見れて、ひとまずは満足しなければならない。
「まぁ、そうなの?
ミナ。
とても部屋がきれいになっていて驚いていたのよ。
ミナが掃除してくれたのね?」
アリッサは輝くような笑顔を俺に向けた。
使用人たちに人気なのもうなずける。
アリッサが俺のほうにゆっくりと近づいてきた。
彼女が歩くと、とてもいい匂いがする。
彼女の目と俺の目が合う。
アリッサは、俺の目を見るとハッとしたような表情をして黙り込んだ。
「ミナ......。
なんだか初めて会った気がしない。
あなたの目......、あたしのとても大切な人にそっくりなの」
「あ、あたしの目が?」
「そう。
あなたの吸い込まれるような漆黒の目。
ミナ、あなたの目を見ていると、なんだか安心がする」
アリッサはそういうと俺の目をじっとのぞきこんだ。
「ごめんなさい。初対面なのにこんなこと」
「いや......別に」
俺は彼女から目をそらすと口ごもった。
「ミナ。
ねぇ......。また会えないかしら。
あたしは、なるべく毎日この時間にこの塔に来るつもりなの」
俺は黙ったまま勢いよくうなずいた。




