【レン(ミナ)】
モリィが来てくれてよかった。
掃除はモリィに任せて、俺は各部屋をのぞき、収容されている人間たちを見てまわった。
調呪の印を切って、呪いの要素を調べてみる。
だが、どの人間にも呪いの痕跡は出てこない。
部屋のひとつにパトリック・ベルナルドとその妻メアリが収容されていた。
メアリは寝込んでおり、パトリックのほうは放心状態だった。
また、タダールの城主、ウィリアム公爵の姿も確認できた。
ウィリアムは痩せ衰え、ゼーゼーと苦しそうな息を吐いていた。
ときおり、手をブンブンと振り、見えない何かと戦っているかのようだった。
(ウィリアム公爵が収容者のなかで一番、重症かもしれないな)
北の塔に収容されている人間は、程度の差こそあれ例外なく皆、苦しそうだった。
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マーガレットに掃除が終わった旨を報告した。
「なにっ?もう、すべての部屋の掃除が終わっただと」
マーガレットは、口をあんぐりと開けた。
「そんな馬鹿な。
どうせ適当に掃除したんだろう?」
「いや、きちんと掃除したぞ」
俺はマーガレットをにらみつけるとそう言った。
「お前、掃除ができているかどうか、各部屋を確認してくるんだ。」
マーガレットは、そばにいた男にそう命令した。
「掃除に手を抜いてたら、承知しないよ」
そう言って俺にげんこつをみせる。
「掃除は得意なんだ。
それよりメシはまだか」
俺はマーガレットが目をそらしたスキに彼女の背後にあったクッキーをササッと食べた。
しばらくして、男が戻ってきた。
「マーガレットさん、ザッと見てきましたが、部屋はきれいでした。
窓辺に花まで飾られてる部屋もあって。
ピカピカでみちがえるようです」
「なんだって」
マーガレットはこめかみをピクピクとさせると俺をにらんだ。
俺を殴りたくてたまらなかったのに、殴れなくて残念そうだった。
「ちゃんとやることやったんだ。
イライラするなよ」
「ふん。
お前一体、どういう手を使ったんだ?
男をたらしこんで、男にやらせたのか?」
「そんなことするかよ。
ここの連中はみんな忙しく働いてるのに」
マーガレットはしばらく黙り込んで俺を睨んでいたが、やがてため息を付くと
「だったら今から、厨房を手伝え」
と言った。
マーガレットの命令で今度は俺は厨房での作業を手伝わされた。
ここで作られる料理はどうやら、収容されている狂人たちに提供されるものらしい。
マーガレットが俺に、ザルいっぱいに入った葉っぱをよこした。
葉っぱは毒々しい紫色で、ハート形をしていた。
「なんだ......この葉っぱは、食いもんなのか」
長い人生の中でも初めて見る葉っぱだった。
「知らないね、この葉っぱを細かく刻んで湯に入れるんだ」
俺は言われた通り、葉っぱをグツグツと沸騰する湯に入れた。
透明のお湯がみるみる、毒々しい紫色に変わる。
「こんな気持ち悪いもの、みんな飲むのか?」
隣で作業してる女に聞いてみた。
「飲むよ。そのお茶は狂人たちに大人気なんだ」
紫色のお茶は、大きなヤカンに入れられた。
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「アリッサ様が午後から、こちらにいらっしゃるそうだよ」
その声に俺は勢いよく振り向いた。
(アリッサが!?
......アリッサに会えるのか!?)
「あぁ......。天使のようなアリッサ様がいらっしゃるなんて、今日はラッキーだよ」
「アリッサ様を一目見ると、元気がわきでてくる」
使用人たちは口々にそう言い始めた。
「アリッサ......様は人気なんだな」
俺は、マーガレットに聞いてみた。
「人気だよ。
下女のミスをかばったんだ。
何度もね。
しかも一度は、下女のために領主さまの前で頭を下げたんだ。
なかなか出来ることじゃないね」
意地の悪いマーガレットでさえ、目尻を下げて嬉しそうに笑っている。
「だが、そのことが原因で、アリッサ様は罰として領主様にひどいことをされてしまったんだ」
「なに!?ひどいこと!?」
俺はマーガレットの両肩を掴んだ。
「ひどいことって、なんだよ?
アリッサは何をされたんだ」
「アリッサ様と言いなさい!」
ピシャリと注意される。
「アリッサ様は、領主様に無理やり......キスをされたとか、触られていたとか......。
そんな話だったよ。
あの二人は夫婦になるのだから、仕方ないんだがね。
アリッサ様は、まだお若いし怖がっておられる。
領主様のことを嫌がっておられるそうだ。
そりゃそうだろう、領主様は自分の故郷を侵略し、父母を捕らえた張本人なのだからね。
だが、耐えるしかあるまいね」
「キス......触られた......?」
俺は、頭が真っ白になった。
アリッサが、大蛇にキスされて触られた。
そんな。
許せない。
そんなの。
自分でも驚くほどの怒りの感情が湧き出てきた。
(なんだ、この気持ちは)
ミクモの言った言葉がふとよみがえる。
【お前はアリッサを奪われたくないんだ。
自分のものにしたいから】
ミクモはそう言っていた。
そうなのか......。
俺はアリッサのこと......。
アリッサを抱きしめてキスするのは俺だ。
俺がそうしたい。
というか、したくてたまらない。
彼女の柔らかい肌とピンク色の唇を思い浮かべている自分に気づく。
何を考えているんだ。
アリッサは娘のような存在のはず.......。
ダメだ。
頭をブルブルと振る。
アリッサ。
きっと怖い思いしてるに違いないよな。
心配だ。
変なことを一瞬でも考えた自分に嫌悪感を抱く。
「なにボンヤリしてんだい!」
手が止まっている俺にマーガレットの怒鳴り声が響いた。
俺はあわてて肉をきざみはじめた。




