【レン(ミナ)】
(驚いた。
まさかディルに偶然会うとは)
あいつめ。
俺のことを下心のある目でジロジロ見てたな。
冗談じゃない。
俺は男だ。
それにしても......。
デイルのやつ、すっかりタダール城の兵士になってやがった。
生き延びるためにベルナルドを裏切ったんだろうか。
あいつの力添えは期待できないってことか。
もしもディルにまだ、ベルナルドに忠誠心がある場合。
あいつに俺の正体は「レン・ウォーカー」であることを明かしても良かった。
だがどうやら、あいつは「敵」に寝返ってしまった。
そうなると、俺の正体は死んでも明かすことはできないだろう。
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エルフのリアムから、女に化けることができる「秘薬」をたっぷり手に入れた。
俺はタダール城付近の街にたどり着くと、ニセの身分証を闇市で作ってもらった。
ミナ・マルケスという名の貧しい農村出身の女。
そしてタダール城の下女の仕事に応募。
「タダール城の仕事は止めとけ。
あそこはヤバい」
そんなウワサが街に蔓延しており、城は常に人手不足のようだった。
だから仕事にありつくのは簡単だった。
女の姿になって、俺は、タダール城に入り込むことに成功した。
(アリッサ......。
待ってろよ。きっと助け出す)
それにしても女の体は動きにくい。
重い荷物を持って10キロほど歩いただけなのに、妙にへとへとになった。
さらに、胸がゆさゆさと揺れて邪魔なこと、この上ない。
ジロジロと見てくる男たちの視線もうっとうしかった。
(くそ。
女はこんなに大変な目にあっているんだな。
男に戻りたい。)
「遅かったな。
お前が今日から働く下女の......」
「ミナ・マルケスです」
俺は、城の脇にある掘っ立て小屋で、分厚い紙の束をめくる男に言った。
「ナダール村出身か......。干ばつで飢えた、貧しい山村だな。
ほかに働く口もなくて、仕方なくここへ来たってところか」
男は、俺について書かれた書類を見ながら、ブツブツ言ってる。
「そうだ。
早く城の中に入れろ」
「お前、口の聞き方がなってないぞ」
男は俺をにらみつける。
「お前は北の塔で働くんだ。
北の塔はそっちだ」
男は背後にそびえ立つ、背の高い塔を指さした。
「えっ?城じゃないのかよ」
俺はびっくりして男を見つめ返す。
「お前のような教養のない貧しい人間が、お城で侍女の仕事にでもありつけるとでも思ったか?
お前は今日から、北の塔で狂人の世話をするんだ」
男はシッシと、俺に向けて追い払うかのように手を振った。
「狂人の......世話......?」
「行けば分かる。
早く行け。
北の塔を取り仕切ってるマーガレットという女に仕事のやり方は聞くんだな」
「ちッ」
舌打ちすると、そびえ立つ塔に向かって歩き出した。
アリッサがいるのは、城の本体のほうだろう。
ツイてないことに俺は、北の塔に配置されてしまった。
そう、やすやすとアリッサに近づけるとは思ってなかったけど。
ひと目で良い。
彼女に会いたかった。
アリッサの姿を遠くからでも良い、確かめたかった。
アリッサ......どうか無事でいて。
俺は城のほうを何度も振り返りながら、北の塔へと歩みを進めた。
まずは、じっくりと計画を練らないと。
俺はアリッサを救い出すことはもちろん、大蛇の暗殺を考えていた。
大蛇の息の根を止めないと......たとえアリッサを救い出せても、また捕まる。
あいつを暗殺しないと、平穏は訪れない。
女に化ける薬は無限にあるわけではない。
それにアリッサのことも心配だ。
彼女が「大蛇男」に何かされていたら.....?
そう考えると、胸が苦しくて仕方なかった。
時間はあまりない。
だが暗殺を焦って行った結果、失敗に終わるのを歴史上、何度も見てきた。
まずはタダール城についての情報を慎重に集めなければ。




