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【アリッサ】


「フィリップ。

北の塔でウィリアム公爵......それにあたしの両親にも会ってきた。

悲惨な状態だったわ。

あなたは、どうしてあんなひどい仕打ちが出来るの?」


朝食の席で、あたしはフィリップに思い切って意見した。

怖くて手が震えたけど、言わないと......。

あの状況はひどすぎる。


「俺が彼らに、ひどいことをした?

......アリッサの言っていることが、良く分からないな」

フィリップは、頬杖をついて退屈そうな声を出した。


「ウィリアム公爵はなにかに取り憑かれているようだった。

あたしの両親も......ひどい部屋に閉じ込められて......ママは病気になっていた」


「メアリが病気に?それは良くない」


「北の塔では一体なにが行われているの?

なにかの呪いが蔓延しているようだった!」

フィリップから目をそらしたまま、あたしは一気にそう言った。


「アリッサ......」

ガタッと音を立ててフィリップが椅子から立ち上がった。

あたしは怖くなって、肩を震わせた。

(来ないで......来ないで......)


あたしはフィリップがこっちに来ないように心のなかで念じていた。

でも願いは届かず、フィリップはあたしの座る椅子の近くまで移動してきた。


「普通なら侵略されれば、もとの領主は首をはねられるものだ。

領主やその家来、使用人、城に関わるもののすべての人間が孫の代まで抹殺される。

本来、殺されて当然なんだ。

そうしないと、いつ反乱を起こされるか分からない......危険分子となるからね」


自分の座る椅子の背後から、フィリップの声が聞こえる。

あたしは怖くて振り向くことはできない。


「抹殺すべきなのに、俺は彼らを生かしてあげているんだ。

快適な住まいと食べ物、世話係まで用意してる。

非難されるいわれはない」


「......っ......だけど......」

あたしは下を向いたままフィリップに反論する材料を探す。


「ウィリアム公爵は俺がこの城に神官として来たときから、少しおかしかったんだ。

もともと精神に異常をきたす資質があった。

そしてとうとう、完全に気が触れてしまった。

だからウィリアム公爵には北の塔で養生してもらっている。

......俺は彼に、ここの統治を任された。

それだけのことだ」


「で、でも......」

数年前までは立派に周辺を統治し、名だたる諸侯のリーダーとして一帯をまとめていたウィリアム公爵が......精神に異常......?

そんなはずない。


「ママは、あの不潔な部屋で、咳をしていた。

病気になっている......

医者に診せて欲しいし、快適な部屋に移動させて欲しい」

震える声でなんとか、それだけは言えた。


「それは気づかなかったな。

おい!ベルナルド家の世話係をここに連れて来い」


フィリップは、壁際に控えていた侍従に声を掛ける。

「ハッ」

侍従は急ぎ足で部屋から出ていった。


しばらく重苦しい無言の時間が流れる。


「アリッサ、俺たちの結婚式は3ヶ月後に行うことにする」

とつぜんフィリップが背後からそんなことを言うので、びっくりして後ろを振り向いてしまった。


彼はあたしの背後の壁際にもたれかかって、腕組みしていた。

「3ヶ月の間に、俺は、この周辺の統治を完全なものにする。

ベルナルドの領地には俺の腹心の部下を配置しているし、安泰だ」


「......あたしは......結婚したくない」

もっと強い口調で言いたいのに、怖くてか細い声しか出ない。


「アリッサにはたくさん子どもを産んでもらう。

元気な子どもを生むためにも、しっかりと食べるんだ。

痩せてきたら、またアンナが叱られることになるぞ?」


「......」

あたしは大蛇の子どもを生むことになる?

ゾッとして背筋が寒くなった。


フィリップに逆らえば両親や、侍女のアンナが苦しい立場に立たされる。


彼は、慈悲をかけて戦争の捕虜を生かしているって言ってるけど......。

生かしたのは、あたしを脅すため、そして城の人間を恐怖で統治するためじゃないかと思えてきた。


「ベルナルド家のお世話をさせていただいています......ハルといいます」

若い女性が侍従に連れられ、大広間に入ってきた。


ハルはフィリップの足元にひざまずくと深く頭を垂れている。


「部屋の掃除が行き届いてないそうじゃないか。

それにメアリが病気になっている。お前の怠慢だな」


「そんな......」

ハルはガクガクと震えだした。


「りょ、領主さまが掃除などしなくていいと......」

「口ごたえする気か?」


「......めっ、滅相もございません」

ハルは床に頭をこすりつけるようにしている。


「お前は疲れているようだな?

お前自身も北の塔ですこし、ゆっくりするがいい。

最上階の部屋がまだまだ空いているはずだ」


「そっ、そんな......。嫌です、お願いします」

ハルは泣き出した。

「どうか......どうかお許しください」

彼女はフィリップの足にすがりついている。


「もう止めて!!」

見ていられなくなって、あたしは立ち上がった。


「その使用人を責めないで。

あたしは、両親の部屋を変えて欲しい。

医者に診せてほしいだけなの!使用人を責めてほしいわけじゃない」


「アリッサ」

フィリップが冷たい目であたしを見る。

「そんな甘いことで、領主の妻が務まるかな?」


「下のものを恐怖で支配するのは良くないわ!」

あたしは懸命に叫んだ。


怖かったけど、もう我慢ならなかった。

自分よりも力のないものを、いたぶるとき、彼は喜びに満ちた表情をする。

あたしには、それが何よりゾッとするし許せなかった。


「アリッサ、この使用人を許してほしいのか?」

「......そうよ......だってこんなに怯えている」


「だったら、きちんと、お願いします......と言うんだ」

「えっ?」


「俺に頭を下げるんだ、アリッサ」


フィリップにあたしが頭を下げる?

思わず、怒りで顔に血がのぼりカッと熱くなる。


でもそのとき、アンナの言葉を思い出した。

「北の塔に連れて行かれると、狂人になるのだそうです......」

アンナはそう言ってた。


あたしはゆっくりと立ち上がった。

そしてフィリップの足元にひざまずき頭を下げた。

屈辱を感じた。

でもこうすることで、使用人が助かるなら.....やるしかない。

.使用人を北の塔にやるわけにはいかなかった。


「お、お嬢さま......」

ハルがびっくりして、あたしの方をみた。


「ははは」

フィリップは嬉しそうに笑う。


「わかった、アリッサの願いを聞いてやる。

下がっていいぞ」

フィリップはハルにそう言った。

ハルは何度もあたしのほうを振り返りながら、侍従に連れられ、大広間を去っていった。


(よかった)

大きなため息が出る。

ところが、そのあとのフィリップの言葉にあたしは凍りついた。


「アリッサ......引き換えに俺の願いも聞くんだ」

彼はそう言うと、ひざまずいていたあたしの肩をひっぱり立ち上がらせる。


「俺にキスをするんだ」

「えっ......」


「俺はアリッサの願いを聞いた。

アリッサも俺の願いを聞くのは当然だよな」

ニヤニヤと笑っている。

あたしが心底嫌なのが分かっていて、言っているのは間違いなかった。


フィリップは椅子にドサッと座った。

「さぁ。

自分から、俺にキスをするんだ。

俺はなにもしない」


「嫌よ......できない」

あたしは蚊の泣くような声で言った。


「それなら、ハルを北の塔で休ませるしかないな」


この男が憎い。

故郷を侵略して、生まれ育った屋敷を奪われた。

愛する人を傷つけられ、離れ離れにさせられた。


「侍従にハルを連れ戻させよう」

フィリップがそう言ったので、あたしは彼に近づいた。


ぎゅっと目をつぶって、彼の頬にキスをする。

自分の唇が震えているのを感じた。


「そんなのはキスとは言えないな」

フィリップは立ち上がってあたしを見返す。

「あっ」

突然、両頬をしっかりと掴まれて、唇にキスされてしまう。


ひんやりとした彼の唇の感触。

瞬間、あたしは思い切り彼を突き飛ばした。

涙がボロボロと止まらない。


「アリッサ......。可愛いな。

嫌でたまらないっていう表情をされると、俺は余計に興奮する」

フィリップはそう言うと、あたしを抱きしめた。


「もうやめて!!気が済んだでしょう」

あたしはそう叫んで、彼の抱擁からなんとか逃れる。


そして逃げるように大広間から立ち去ったのだった。



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