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【アリッサ】


あたしはその日の午後、フィリップとの約束通り、両親やウィリアム公爵が幽閉されている北の塔を訪れた。


北の塔は城のどの塔よりも高くそびえ立っている。

てっぺんにはタダールのシンボルが描かれた旗が風になびいていた。

塔の上層階は、ところどころ物見台を兼ねた回廊になっている。

兵士のものなのか......その回廊には人影が見えた。


(この筒のような円形の建物の中に、みんなが捕らえられているのね)

塔を見上げてため息を付く。


「こちらにウィリアム公爵がおられます」

案内人に従って、突き当りの部屋に通される。


「こんなことって......」

変わり果てたウィリアム公爵の姿をみて、あたしは呆気にとられた。


ここ数年、あたし自身、公爵にお目通りしたことはなかったけど。

彼はとても威厳のある厳しいかただと周囲の者からは聞かされていた。


ところが目の前にいるウィリアム公爵は魂の抜け殻のようで......。

うつろな瞳に、呆けたように開け放たれた口、口の端からはヨダレが糸を引いていた。


使用人が公爵の側を通り過ぎる。

すると公爵はとつぜん、使用人にすがりついた。


「あれは......、あれはまだなのか」

「すみません、まだご用意できておりません」

使用人がひざまずいて謝罪すると

「頼むぅうう、もう我慢できない」

といって、公爵は泣き出した。


威厳なんてかけらもなかった。


「いったいどうなってるの?

公爵様はご病気なの!?

なにを欲していらっしゃるの?」

あたしは案内人にたずねたが、彼は首を横にふるばかりだった。


嫌な予感がした。

「あ、あたしの......あたしの両親は?

パパとママはどこにいるの?」


北の塔の薄暗い階段を更に上る。

回廊から吹き付ける風が冷たい。

上層階になればなるほど、遮るものがないので風が強かった。


「こちらでございます」


案内された部屋は、公爵の部屋よりも狭かった。

石づくりの壁と床。

床には絨毯も敷かれていなかった。


質素な木のテーブルと、棚、それにベッドが置かれているだけの簡素な部屋......。


「パパ!」

あたしは父を見つけると駆け出した。


「ア......アリッサ」

父があたしの声にパッと顔を向ける。


「パパ、大丈夫なの?

ひどいわ。こんな部屋で。

ママはどこ?」


「メアリは寝ているよ。大丈夫だ」

といって、ベッドの方に視線を向ける。


「長旅で馬車に揺られ......消耗してしまったようだ」

「そんな」


あたしはベッドに近寄って、母親の手を握りしめた。

「ア、アリッサ......?」

ママはうっすらと目を開けると手を弱々しく握り返した。

ゴホゴホと咽るような咳を繰り返している。


ベッドの周りには木くずが散らかり、ほこりや枯れ葉まで床に大量に落ちている。

「ママは咳き込んでる。

こんな不衛生な環境じゃ、病気が悪くなるわ」


「アリッサ。

い、今は耐えるしか無い......」


父のほうに視線を向ける。

「どうしたの?パパ?手が震えている」


父の手が小刻みに震えているのに気づいた。

それに、あたしと視線をあわせてくれない。

なにかに心を奪われているようだ。


(フィリップの仕業だわ。

彼がなにかの呪いをかけている。

あたしの両親にも.......ウィリアム公爵にも......)


「お時間です。

アリッサ様をここに長居させないように、フィリップ様に仰せつかっておりますので」

案内人がそういってあたしに退出を促す。


「いやよ、ここにいる。

部屋を掃除するわ」


「だめです。お願いです、言うことを聞いて下さい。

そうでないと、私が罰を受けるんです」

案内人は震える声であたしに懇願した。


「......っ......」

あたしが言うことを聞かなければ、使用人が罰せられる。


「パパ、ママ。

かならずまた来るから」


そう言って、あたしは部屋から出て行った。


-------------------------------


「お嬢さま。

先程はありがとうございました」


自分の部屋でひとり、落ち込んでいると、アンナが急に話しかけてきた。


何を言っても黙り込むアンナに、あたしは話しかけるのを諦めていた。

だから彼女から声を掛けられたことに、驚いた。


「今朝のことね?

髪飾りが曲がっているとか、リボンがどうのとか言われたこと......。

良いのよ?気にしないで」


あたしはアンナに向かって微笑んだ。


「ですが、あのあと......お嬢様は領主さまに叱られたのでは?」

アンナが不安そうにあたしに聞く。

「叱られてはいないわ。

嫌なことはされたけど」

彼に抱きしめられ、体中を触られたことを思い出してしまい、ゾッとする。


「嫌なこと......。

私のせいで、ほんとうに申し訳ございません」

アンナが頭を下げる。

「謝ることない。

あなたは何も悪くないじゃない」


しばらく沈黙が続いたが、アンナが思い切ったように話し始めた。


「お、お嬢さま......。

北の塔に行かれたのですよね?」

アンナは背後に誰もいないことを確かめるように振り返った。


「行ったわ。とても恐ろしかった」


「北の塔に連れて行かれると、狂人になるのだそうです......。

皆そう言っています。

呪いをかけられ、魂をあやつられる......」

アンナがあたしの耳元でそっと囁いた。

「役に立つ人間、逆らわない人間だけは、北の塔に連れて行かれない。

だから皆、必死なのです。

皆、とにかく恐れているのです」


「そうなのね......」


北の塔に連れて行かれると「狂人」になる。

アンナの言う通りなのだろう。


ウィリアム公爵は、変わり果ててしまい別人のようだった。

虚ろな目、呆けた口元、やせ細った身体に、恥も外聞もなく泣きじゃくる姿......。

まさしくその姿は狂人と言えるのかもしれない。


あたしの両親もいずれ狂ってしまうのかも,,,,,,。

まだなんとか正気を保って入るけれど、時間の問題なのかもしれない。

めまいがして、壁にもたれかかった。

寒気がする。


「お嬢さま、大丈夫ですか」

アンナがあたしに駆け寄った。


「大丈夫よ。

アンナ、ありがとう。教えてくれて......」

あたしは彼女のことをそっと抱きしめた。



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