【アリッサ】
「おい!!アンナ」
朝食の時間に大広間の椅子に座ったところ、フィリップが急に大声を出した。
あたしは、びっくりして肩を震わす。
「アンナ!!」
「はい!領主さま」
アンナは真っ青な顔をして、フィリップのもとへと駆け寄る。
そして彼の前でひざまずいた。
「アリッサの髪飾りが曲がっているじゃないか。
それに服にシワが寄ってるし、リボンの色がドレスに合っていない」
早口でそんなことをまくしたてている。
「それにアリッサは、日に日に痩せてきている。
お前の管理が悪いからじゃないのか!!」
「す......すみません......。
どうかお許しを」
アンナは床に頭をこすりつけるようにして、謝罪している。
体は小刻みに震えて、あきらかに怯えているようだった。
「やめて!!」
あたしは、食卓の椅子から立ち上がると、フィリップに言った。
「アンナは悪くない。
あたしが髪飾りをいじってしまったの。
だから曲がったのよ。
それにこのリボンが良いってワガママを言ったのもあたし。
アンナは別のものを勧めてくれていたのに」
あたしは口からでまかせを言う。
「お、お嬢さま」
アンナは涙を流しながら、あたしを見上げる。
「痩せてきているのも、あたしが自分で食べないからよ。
だって、生肉も生卵も苦手なの!!」
あたしが一気にそういうと、フィリップは黙ってじっとあたしを見つめた。
「もう下がって良い」
しばらく沈黙した後、フィリップはアンナにそう言った。
アンナは逃げるように立ち去る。
「あの娘は田舎出身で、侍女の経験もない。
ドレス選びのセンスが悪いし、教養もないのだ」
フィリップはため息交じりにそう言った。
「......アリッサ、こっちへおいで......」
フィリップは椅子から立ち上がると、あたしに手招きした。
「いやよ......」
あたしは後退りする。
「今日の午後、両親に会わせてやるぞ」
「......えっ」
「だから、もう少し近くに来るんだ」
あたしは重い足を一歩、二歩と前へ進める。
「もっと近くに来るんだ」
あたしは彼のすぐ近くに立った。
すると急に彼はあたしの手を引っ張った。
「あっ」
彼はあたしの手を強く引っ張ると、ギュッと抱き寄せた。
「アリッサ.....お前はもっと食べないといけない」
フィリップはそう言うと、あたしのウエストや腕、太ももを探るように触り始めた。
「やっぱり痩せてきている」
「やめて......触らないで」
あたしは震える声で懇願する。
「アリッサのための食べ物を用意する。
果物でも、魚でも。きちんと焼いたものを用意しよう」
「両親に......パパとママに必ず会わせて」
「わかってるよ」
フィリップの冷たい青い瞳と目が合った。
魂のないような目でゾッとする。
あたしは、この男と結婚することになる。
そうなるくらいなら.......。
あたしは食卓にあった肉切りナイフを、自室のベッドの隙間に隠していた。
フィリップを殺すことができれば一番だけど。
彼は力が強いし、あたしの考えが読めるようだった。
彼を殺すことが不可能なら、自分が消えるしか無い......。
少し前から、そんなことを考え始めていた。
レンに会いたい。
でも......。
この男の妻になってしまったあと......汚された身体でレンに会うことなんて、できない。
レンの目をまっすぐ見ることなんてできなくなる。
だいたいレンは生きているのかもわからない......。
陰気な城にいることで、あたしの考えは悪い方へ、悪い方へと流されていた。




