【アリッサ】
「いつからお城はこんな状態なの?」
「兵士たちは、どうして神官の言うことを聞いているの?」
「ウィリアム公爵をお見かけしたことはある?」
身体を洗ってもらっている間も、服を着替えさせてもらっている間も、あたしは侍女のアンナにしつこく質問をした。
でも帰ってくる答えは
「分かりかねます」
といった返事。
アンナはあたしに対し、会話を禁じられているのかもしれない。
これ以上聞いても、アンナを困らせるだけだろう。
髪をとかしてもらいながら、鏡をのぞき込む。
レン.......。
レンは大丈夫かな。
考えても今は仕方が無いから、考えないようにしていた。
でもどうしても、たびたびレンのことが頭に浮かんでしまう。
彼の首が今にも切り落とされそうになった瞬間。
それに、深く傷つけられた彼の身体。
神様、お願いします。
馬車の中でも祈ったけど、あたしはまた心の中で祈り始めた。
火の魔法使いは、不死鳥フェニックスのご加護で、死の淵からよみがえることもあるという。
彼は、あたしのために魔力を失ってしまって、火の魔法使いではなくなってしまったけど。
.......そう考えて、また涙がじわっと出てきてしまう。
それでも、どうか、レンにフェニックスのご加護がありますように。
「お嬢さま、フィリップさまが大広間でお待ちです」
アンナにそう言われてハッとする。
そうだわ。
あたしはあの男と食事をしなければいけないんだ。
重い足取りで大広間へと向かう。
パパやママはちゃんと食事しているのかな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「アリッサ
とてもきれいだ」
大広間の広いテーブルの片隅で、フィリップがニコニコ笑いながらこちらを見ていた。
あたしは無言で椅子に座る。
広間は薄暗く、どんよりとした生ぬるい空気が流れていた。
(なんだか......空気が重くて息がしづらい気がするわ)
やがて料理が運ばれてくる。
陰鬱な顔の給仕が料理をテーブルに並べた。
並んだ料理を見てギョッとする。
生の卵だわ。
それに、ほとんど生の肉。
「俺の好物ばかりだけど、アリッサの口には合わないかもな。
でも、慣れてもらわないとね」
フィリップはそういうと、真っ赤なワインを飲み干した。
そして生卵に手を伸ばすと、ごくごくと丸呑みする。
この食べ物をみて、確信した。
(間違いない。
フィリップは大蛇......。
人間に化けてはいるけれど、彼は蛇なんだわ。
庭園にたくさんの蛇が集まってきていたのも、きっと彼のせい)
「さぁ、食べるんだ。
美しいアリッサがやせ細るのは困るから」
彼にすすめられてあたしはブドウを一粒だけ、なんとか口に入れる。
「アリッサ、俺たちの結婚式はいつにしようか」
フィリップが、銀髪をかき上げながらあたしをじっと見る。
「あたしはあなたを好きになれない。
あなたの妻になりたくない。
あたしやパパ、ママを元通りの場所に戻して」
「いずれ好きになる」
フィリップは目を細めて笑った。
食事が終わるとフィリップは
「部屋まで送る」
と言ってついてきた。
「一人になりたい。ついてこないで」
そう言ったのに聞く耳を持たない。
自分の部屋の前につくとあたしはフィリップを廊下に残して、さっさと部屋に入ろうとした。
でも彼に手首をつかまれる。
「痛いっ。離して」
「結婚式を挙げるまでは手を出さないつもりでいたけど」
彼はあたしの肩を押すと、部屋のドアに押し付けた。
「我慢できるかどうか分からなくなってきたな」
あたしはキスされないように、思い切り顔をそむけた。
するとフィリップは無防備になったあたしの首筋に、くちびるを押し付けた。
彼の冷たい手が肌に触れてゾッとする。
「お願い、やめて」
あたしは身をよじって彼の束縛から逃れようもがく。
そして両手で思い切り彼の身体を押して、自分から引き離そうとした。
涙がボロボロと流れ落ちる。
「レン・ウォーカーのことが好きでたまらないんだな」
フィリップは薄笑いしながらあたしの顔を見つめている。
「そうよ、あなたのことは嫌い......いいえ、憎いわ」
フィリップは
「憎しみという感情は、ときに愛情よりも強いものだ」
そんなことをいうと
「おやすみ、アリッサ」
と言って、あたしに背を向けた。
(あぁ......怖かった)
足がガタガタと震えている。
早く部屋に入らないと!あいつが戻ってくるかも。
あたしは、急いで部屋に入ると、ドアの前に椅子を置いた。
こんなバリケードじゃ、ドアを蹴破られたら入ってこれてしまうけど......。
少なくとも、誰かが入ってきたら、椅子が倒れて大きな音がするから目が覚めるはず。
レン......。会いたい。
また涙が溢れ出てきた。




