【アリッサ】久しぶりのタダール城
タダール城に来たのは、これで2回目。
前回は、まだ5歳だったから記憶にあまり残っていないけど。
緑の絨毯のような芝生が一面に広がる美しい庭園。
丸くきれいに刈り取られた植木。
それを取り囲むように並んだカラフルなお花。
光り輝くステンドグラスに整然と並ぶタペストリー。
大理石の床はキレイに磨かれ、美しく輝いて......。
タダール城は、そんな夢のような「お城」だったはずなのに。
足を踏み入れて、あたしは息をのんだ。
庭園は雑草が生え、枯れ木が鬱蒼と生い茂り、蜘蛛の巣があちこちに張り巡らされている。
そして気味の悪いことに、小さな蛇があちこちにいる。
城内は薄暗く、使用人の顔はやつれ、みな暗い表情をしていた。
敷物は薄汚れ、窓ガラスはくもり、どんよりとした空気が漂っている。
(どうして......こんなことに。
もっと素敵なお城だったのに)
どこをみても、陰気な雰囲気がして気が滅入ってくる。
「アリッサ、君の部屋はこっちだよ」
フィリップがあたしの手を乱暴に引く。
「あ、あたしはパパとママと......両親と一緒にいるわ。
パパとママはどこなの?
大丈夫なの?」
「大丈夫だ。
彼らは北の塔に幽閉する。
食べ物や着るものも与えるし、世話をする係りもつける。
もちろん、......アリッサが俺に逆らわなければね」
「それなら、あたしも北の塔で暮らすわ」
「そうはいかない。
アリッサは俺の妻になるのだから」
フィリップの言葉にゾッとする。
両親を人質に取られ、あたしは彼に逆らえないんだわ。
「タダール城の城主である、ウィリアムさまはどこにいらっしゃるの?
奥様のルナさまは?」
あたしはフィリップにこわごわ、問いかけた。
まさか殺されてたらどうしよう......そう思うと怖かったのだ。
「いるよ。みんな北の塔に幽閉してる。
大人しくしてるよ。
そのうち、会いに行くといい。きっと彼らの姿に驚く。
あまりの変わり果てように......ね......」
フィリップは不気味な笑いをみせた。
「......」
あたしは黙り込む。
このお城はすっかり変わってしまった。
本来の城主であるウィリアムさまは幽閉されている。
そして今はこのフィリップが城主を気取っているんだ。
どんよりとして呪われているような空気が城全体に蔓延している。
なにかの呪いをかけているのかもしれない。
(ずっとここで暮らしていたら、生気を吸い取られる......そんな気がする)
ほんの数十分いるだけで、身体がだるくなるような感覚があった。
(なんとかして、北の塔に行かないと。
そして皆を開放する。
はやく逃げ出さないと)
そしてレンのもとに戻るんだ。
あたしは、フィリップに手を引かれながら、そう考えていた。
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「この部屋だ」
あたしは2階の一番奥の部屋へと連れて行かれた。
部屋の中には使用人の女性がひとり、待機していた。
「これは、侍女のアンナだ」
「お嬢さま、どうぞお見知りおきを」
侍女はそういうと、会釈した。
「アリッサを風呂に入れてやるんだ。
それからきれいな服を着せて。
そのあと一緒に夕飯だ」
フィリップはそういうとあたしに笑いかけた。
「それじゃ、頼むよ」
彼は侍女にそう声をかけて、部屋から出ていった。
あたしはフィリップと離れることができて心底ホッとした。
「アンナ......。アンナと言ったわね。
一体どうなってるの、この城はウィリアム・フリードマン公爵のお城でしょう?
なぜ、神官がこの城を取り仕切っているの?」
あたしは、部屋の隅でタオルをたたみ直しているアンナに声をかけた。
「分かりかねます。
わたしはつい先日、こちらにご奉公にあがったばかりなので......」
アンナはボソボソと暗い声で、そう呟いただけだった。




