【アリッサ】
あたしは神官に背中を押され、馬車に乗せられた。
「馬車から飛び降りるかもしれないから念のためだよ?」
神官はそういうと、あたしの右手を、馬車の背もたれの木枠にロープでくくりつけた。
「お願い、レンが心配だわ。
レンのところに返して」
震える声で頼んでも、男は冷たい目で微笑むだけだった。
馬車が走り出す。
ガタガタと揺れるので、舌を噛みそうになる。
レンは、たくさん血を流していた。
肩に剣が深く突き刺さっていた。
あぁ......どうしよう。
レンが死んじゃったら。
あたしは、あたしは.......。
「アリッサを失いたくなかった。
言っただろう、アリッサを失えば俺はおかしくなってしまうって」
そう言って笑ったレンの顔を思い出した。
違う。
違うよ。
おかしくなってしまうのは、あたしのほう。
レンのことが心配で気が狂いそう。
彼に会いたい。
彼の無事を確かめたい。
ふいに、頬に冷たさを感じてギョッとする。
いつのまにか神官があたしの頬に触れていたのだ。
「誕生日パーティで自己紹介したと思うけど......俺のことはフィリップと呼ぶんだ」
「......」
フィリップは、あたしの頬をしつこくなでる。
あたしは彼の冷たい手にゾッとして、身をよじって彼から遠ざかろうとした。
でも手を縛られていて、だめだった。
「可哀想に。こんなに薄汚れて」
フィリップがあたしの髪にも触れる。
「触らないで!!」
あたしは大きな声で叫んだ。
「フフフ」
フィリップは微笑むと、あたしのアゴをつかんで自分の方に向かせた。
彼の冷たい青い瞳と目が合う。
「アリッサ。
お前の瞳の奥にはレン・ウォーカーがいるな。
お前はあの男に恋い焦がれている」
「そうよ。
だから触らないで!!」
あたしは自由な方の手で、フィリップの手を振り払った。
「女は恋をするときれいになるんだ。
レン・ウォーカーのお陰で、最高に美しいものが手に入った」
フィリップは構わず、あたしの頬にまた触れた。
「触らないでと言ってるの」
あたしはフィリップの頬を平手で思い切り叩いた。
人を叩くのははじめてだったけど、躊躇しなかった。
この男のせいで、両親は捕らえられ、レンは危ない目にあった。
カノンの街の人々も略奪にあっている。
全部、この男のせいだ。
.......きっとスキをみて、殺してやる。
フィリップはあたしから視線を外さない。
彼に見つめられると、心の中をすべて読まれているように感じる。
「レン・ウォーカーは死んでるだろう。
あれだけの深手をうけているからな。
だが、お前の両親は生かしておいてやる。
お前が大人しく、俺の言う事を聞けば......という条件付きで」
「......っ。
レンは死んでないわ!」
あたしの目から涙がボロボロとこぼれる。
ママの声がして思わずミクモさんの小屋から飛び出してしまった。
レンの言う通り、裏口から逃げ出せばよかった。
そうすれば、いまごろレンは無事だったのに。
「可愛いな......。アリッサ」
フィリップは気味の悪い目で、あたしをじっと見続けていた。




