失ったもの
アリッサの体は急激に冷たくなっていった。
「お願いだ......アリッサ」
震える手で彼女の髪をなでた。
「う......」
アリッサがうめいた。
「アリッサ!!アリッサ!?」
彼女にまだ息があることに気づいて、その頬にふれる。
(少しずつ温かくなってきてる......!)
体温が一気に低下したあと彼女は、みるみる恢復していった。
「よかった。よかった......ほんとうに」
疲れ切ってぐっすりと眠る彼女の頬をなでる。
これできっとアリッサは助かる。
大蛇の生き血のおかげだ......。
危機は去ったのだ。
でもアリッサは......俺は......。
俺は、数日前にした大蛇との会話を思い出していた。
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「俺の血がほしいのか」
洞窟の奥でとぐろを巻いていた蛇は、そう言った。
「ほしい」
「近くに来い」
大蛇に言われ、俺は蛇のもとに近寄った。
シュルシュル.......。
蛇の胴体が、俺の体に巻き付く。
「くっ......。息ができない、離せ!」
ギュッと締め付けられ、身体のエネルギーを吸い取られるような......そんな感覚を覚える。
「ククク。
お前は火の魔法使い、名高いレン・ウォーカーなのか。
ウワサには聞いていたが......」
しばらく蛇に強く身体を締め上げられたあと、ようやく蛇は力をゆるめると俺から離れた。
「いいだろう......。俺の血を分けてやる。
だが、引き換えにお前の大切なものをもらう。
お前のその強力な火の魔力が欲しい」
とうやら、蛇は俺に巻き付くことで俺の能力を読み取ったらしい。
「なんだと?」
「レン・ウォーカーよ。
お前は熟練した火の魔法使い。
さきの大戦でも、どの王国にもつかず単独で自分の森を守りきった」
大蛇はそう言うと、長い舌をヒョロヒョロと出した。
「俺はその力がほしい」
「......」
魔力が無くなる。
いったいどういうことになるのか.......想像もつかなかった。
「力を奪われた俺はどうなるんだ」
大蛇に聞いてみた。
「人間になる。
残りの余生を、闇の森で静かに過ごせばいいじゃないか」
大蛇はあざ笑うかのように言い、俺のことを冷たい目で見つめた。
「そんな契約、受け入れられない。
お前をこの場で殺す。
そして血を奪うことにする」
俺は携帯していた杖を構えた。
杖の先から炎が燃え上がる。
「こわっぱが。
俺と互角に戦えるとでも?」
大蛇の目が光る。
とたんに金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。
「このまま、お前を石にすることもできる」
「く......」
大蛇を睨みつける。
額から汗が吹き出た。
わずかに足が動くのに気づく。
時間をかけて戦えば、勝算はあった。
だがそれでは間に合わない可能性もある。
なにより、俺がここで死んでしまったらアリッサはどうなるのだ。
「ククク。
お前と一緒に暮らしている少女の姿が見えた。
いまも高熱に苦しんでいるな。
もう長く持たないだろう。
だが俺の生き血で生きながらえることは可能だが」
「......俺には時間がない」
金縛りが解かれて、地面にガクッと膝をついた。
やつの契約を受け入れるしか無いのか。
「魔力」が無くなる。
人間になる。
まともに戦うことができなくなる。
まじないや、呪文などの知識は消えないだろうが、火の魔法が使えなくなる。
自分の両手をじっと見る。
胸の中に得体のしれない不安が渦巻いた。
だが首を横にふる。
アリッサの命のほうが大事じゃないか。
魔力なんかどうでもいい。
戦いを避けて生きればいいんだ。
「わかった。
契約を結ぶ。
お前の生き血を分けてくれ」
俺は革袋を差し出した。
今はとにかくアリッサを救うこと。
それが最善の選択肢だ。
大蛇は自分の胴体の一部に牙で傷をつけた。
血が流れ出る。
俺はその血を、革袋に集めた。
「契約だ。
お前に生き血を分ける。
俺はお前の大切なもの......その強大な魔力をいただく」
大蛇と俺の間に黄色い光の線が現れる。
契約の証だ。
これで俺はもう後戻りできない。
俺の身体から真紅の光が飛び出し、大蛇の口に吸い込まれていった。
「俺はもう去る」
蛇に背を向けた。
しかし意地汚いと評判の大蛇......これだけで済むわけがなかった。
契約が終わったあとになって、蛇は恐ろしいことを言い出したのだ。
「俺は、お前の少女のことが気に入った。
アリッサというんだな?
彼女も欲しい」
「なに!?」
俺はびっくりして顔を上げた。
「俺の魔力をやった。
それだけで十分だろう?
アリッサのことは放っておいてくれ」
「実はな」
蛇は気持ちの悪い舌をチョロチョロと出すと語り始めた。
「俺は人間と交わり子孫を残したいのだ。
蛇と人間のあいのこ。
最強の混血だ。
だが俺のおメガネにかなう女がいなくて困っていた。
純真で美しく、身分の高い娘がいいからなぁ」
「な、なにを言ってる」
信じられない思いで、大蛇に視線をやった。
「お前の大切な少女を俺の妻にする。
俺との子どもをつくるのだ」
「アリッサと子どもをつくるだと!?」
俺はカッと頭に血が上って、蛇につかみかかった。
握りしめている杖をふるった。
だが杖からは、炎どころか煙もたたない。
「ははは。
お前にはもう魔力は無い。
今日からお前は、ただの若造だ」
「そんな......」
何度も杖をふるったが、なにも出来ない。
内側からあふれるパワーも感じられなかった。
「よく聞け。若造。
俺はやがて人間に迫害されるだろう。
この森も、洞窟も人間たちに侵略される。
人間はそれだけ強大な力を持っている。
俺の魔力を持ってしても、いずれ抗うことは不可能なのだ」
「......」
俺は、大蛇の戯言をを黙って聞き続けた。
「人間に滅ぼされる前に、俺の血をわけた人間との子どもをつくりたいのだ」
「気味が悪い」
俺は吐き捨てるように言った。
「別の種族と交わってまで子孫を残そうなどと、強欲が過ぎるぞ」
「なんとでも言えばいい」
蛇は自分の腹の血を舐めると、さらに言った。
「5年後にアリッサ嬢をいただくことにしよう。
そのころには、立派な女になっているはずだからな」
5年後......アリッサは大蛇に襲われる......?
そんなことさせてなるものか。
蛇を睨みつける。
「そうはさせない。
俺はアリッサを守る」
「無理だろうな。
お前はもう魔力を持たない、ただの人間なのだから」
大蛇は低い声でそう言い放ったのだった。