【レン】
翌朝。
「あたしも、レンと一緒にフレスコの街に行く」
出かけようとする俺を、アリッサが引き止めた。
「アリッサはここにいたほうが良い」
しまった。
彼女が寝ている間に出かけてしまうべきだった。
アリッサがついてくれば、情報収集に集中できない。
「レンの言うとおりだ。
アリッサ。
男の格好をしてるけど、胸は出てるし、尻は丸い。
お前は女だと丸わかりだ」
ミクモが冷たい声でアリッサに言う。
「街には男みたいな格好をしている女性もいるわ」
アリッサはミクモに反論した。
ミクモはアリッサに近づくと、彼女のアゴをくいっと持ち上げる。
「日に焼けてない、染みひとつない真っ白な肌。
生まれたときから厳しく躾けられた美しい身のこなし。
それにその均整の取れた体つき。
10分もたたないうちに、人買いの変態に目をつけられて、お前は売り飛ばされるぞ」
「ミクモ。
アリッサにさわるな」
アリッサに触れるミクモの手を振り払った。
「だがミクモの言っていることは、正しい。
アリッサは男の格好をしていても目立つ。
なんといったらいいか......街の人間とは気品が違うんだ。
街につれていけば、俺はアリッサを守りながら情報収集しなければならなくなる」
「でも」
「いい子で待っていて。
甘いものでも買ってきてあげるから」
アリッサの頭をぽんぽんと叩く。
「......子ども扱いしないで」
アリッサが頬を膨らました。
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フレスコの街で酒を奢りながら、商人たちから話を聞き出す。
得た情報は、ミクモから聞かされていたのと似たりよったりだった。
どの商人も口をそろえて言うのは、
「数年前にとつぜん現れた神官がタダール城を事実上のっとっている」
というもの。
今回のベルナルド領への侵略も、おそらくその神官が押し進めているんじゃないか。
そう話す者が多かった。
(これ以上の情報は無さそうだな。
置いてきたアリッサが心配だし。
一旦、戻るか)
そう思って酒場から出たときだった。
酒場のそとに人だかりができていた。
「あんた、その子、嫌がってるじゃないの。
離してやんなよ」
老婆のしゃがれた声がする。
それに答えるのは、男のダミ声だった。
「いや、こいつは高く売れそうだ。
きっとタダールに侵略されたカノンの街から逃げてきた娘だ。
行くあてもない、そうだろ?」
「離して!レン、レンを探しに来たの」
俺はダッシュで人だかりの方へと走った。
男に腕をつかまれて、連れて行かれそうになっているのはアリッサだった。
「アリッサ!!なにしてる」
「レン。ごめんなさい」
「なんだ、お前の女か?」
大男はつかんでいたアリッサの腕を離す。
「よくもアリッサに乱暴したな」
俺は男につかつかと近づくと、顔面にパンチした。
男は後ろによろけて尻餅をつく。
「なんだよ......。殴ることねえじゃねえか。
カノンの街から来た難民かと思ったんだよ。
働く場所を斡旋してやろうと思ってよ」
「女の売り買いをする、クズ野郎が。失せろ」
俺は男を怒鳴りつけて、剣をぬく仕草をした。
ビール腹でブヨブヨに太った男は、慌てて走り去った。
アリッサが俺の方へと駆け寄ってきて抱きついた。
「ごめんなさい。......ほんとにごめんなさい」
「アリッサ!!
俺が街から立ち去ったあとだったら、お前は売り飛ばされていた。
もう二度と会えない可能性だってあった」
俺は思わずアリッサに向かって怒鳴ってしまう。
「......っ......」
アリッサは下唇を噛みしめると、涙を浮かべた。
「アリッサが大事なんだ。
失ったら俺はおかしくなってしまう」
彼女をぎゅっと抱きしめる。
「レン......」
危なかった。
売り飛ばされたりしたらアリッサはきっと、ひどい目に合う。
考えただけでゾッとする。
さっきのクズ野郎の息の根を止めておくべきだった。
だが街には、人身売買でメシをくってるような輩が大勢いる。
一人殺したくらいじゃ、けっして安心できない。
「アリッサ。
アリッサはもう子どもじゃない。
男にとっては......その......魅力的にうつるんだよ?」
「でも......でもレンにとっては子どもなんだよね?」
アリッサは涙をボロボロ流しながら俺を見上げていた。




